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Rocky’s report from Shanghai

2022.12.26

Vol.30 歴史ある石庫門建築の「張園」が 上海の新たなスポットに

文/令狐磊 Rocky Liang

翻訳/サウザー美帆

 今回紹介するのは、上海の目抜通り南京西路の南側にある「張園」。赤瓦の屋根と灰色のレンガの石庫門建築の住宅群です。近代上海の代表的な建築でもある石庫門は、中国江南地方の伝統的な住宅建築とイギリスの伝統的な長屋建築が融合して生まれました。1882年にこの「張園」が建てられた当時は、多数ある石庫門住宅の中でも上海随一と謳われ、20世紀初頭に出現した上海初の自転車、野外写真館、劇場、映画の初公開などは、すべてここから生まれました。にもかかわらず「張園」は長い間忘れられた存在でした。

「張園」の入り口

 戦後、上海の人口が爆発的に増加したことで「張園」は単なる狭く窮屈な住宅街となってしまい、僕が数年前に訪れたときも、栄華を誇った時代の痕跡は見る影もありませんでした。その歴史的価値を知らせるプレートがなければ、さらに荒廃が進んでいたことでしょう。

 その「張園」が、地元の不動産会社と香港のデベロッパーによって修復保存されたのです。レンガや瓦などはすべて適切に保存処理されたものが使われ、東西2つのエリアのうち、最初に完成した西エリアには華やかなインターナショナルブランドが集まりました。

 

LVMHが手に入れたかつての富豪、王俊臣の邸宅

 まず古い邸宅を手に入れたのは、LVMH、ケリング、リシュモンの3大ラグジュアリーグループ。LVMHは、19世紀末にシティバンクの中国進出に一役買った貿易商、王俊臣の邸宅を選び、クリスチャン・ディオールの期間限定ショップを展開。住居のストーリーと共鳴するクリスマス装飾、フィリップ・スタルクとのコラボによるチェアなどを披露。

 また、LVブランド初の家具オンリーショップ「THE OBJETS NOMADES」のトラベルホームスペースでは、中国のデザイナー、フランク・チョウとのコラボによる最新のソファが、ミラノのファニチャーフェアでのデビューを経て、上海に登場しました。

フランク・チョウのシグネチャーソファ

 リシュモン傘下のヴァシュロン・コンスタンタンは、1755年に起源を持つ彼らの時計技術を「メゾン1755」という一棟の家に集約。ケリング傘下のグッチは中国初の旗艦店をオープン。さらにフレグランスブランドのDIPTYQUE、Moët & Chandon、Sisley、地元のサイクリングブランドのRE Bike Museumが、建築に対する理解を示すエキシビションを開催する予定です。

 BLUE BOTTLE COFFEE張園店の入口は表通りに面し、店を通って自由に張園の路地に入り込むことができます。この上海で3店目となるBLUE BOTTLE COFFEEの店舗をデザインしたのは、中国を代表する建築事務所ネリ&フ―(Neri&Hu)。長年上海に住んでいる彼らは、サイドテーブルの支柱は古い石庫門の電柱から、照明デザインは物干し竿や街灯からインスピレーションを得てデザイン。上海の老舗家具店から集めたという古い椅子は、懐かしい思い出に満ち溢れています。

BLUE BOTTLE COFFEE designed by Neri&Hu
BLUE BOTTLE COFFEE designed by Neri&Hu

 僕はいま、ルイ・ヴィトンの「THE OBJETS NOMADES」のバルコニーにいて、フェルナンド&ウンベルト・カンパーナが最先端テクノロジーを用いてデザインしたハンギングチェア「Cocoon」が、冬の明るい日差しに照らされています。

「THE OBJETS NOMADES」のバルコニー

 生まれ変わった張園の赤瓦の屋根を見下ろし、かつてここに住んでいたさまざまな世代の人々のことを思い浮かべながら、作家でアーティストの木心(Mu Xin)が記したこんな一説を思い出しました。
「夕方に太陽が西に輝き、建物が日陰の帯をつくり出すと、人々はカニが穴から出るように路地に座ったり寝転んだりしていた」
 上海らしさに溢れた懐かしくノスタルジックな雰囲気とモダンデザインの融合を、ここで存分に楽しむことができます。

キャプション 上空から見た「張園」全景。

令狐磊 Rocky Liang

クリエイティブディレクター/編集者

上海の出版社Modern Media社が発行するカルチャー誌『生活LIFE MAGAZINE』『週末画報Modern Weekly』などのクリエイティブディレクターを務める。同時に文化とビジネスの新しいスタイルの融合を目指す文化力研究所の所長として『花椿』中国版の制作を指揮するなど多方面で活躍中。

サウザー美帆

編集者/翻訳者

元『エスクァイア日本版』副編集長。上海在住を経て、現在は東京を拠点に日中両国のメディアの仕事に従事。著書に日本の伝統工芸を紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』『造物的温度(ものづくりの温度)』(中国語、上海浦睿文化発行)。京都青艸堂の共同設立者として中国向け書籍の出版制作にも携わる。