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Rocky’s report from Shanghai

2022.04.26

Vol.22  デジタル絵画で表現する上海の女性たち

文/令狐磊 Rocky Liang

翻訳/サウザー美帆

 2021年末に公開され、興行収入3億元(約59億円)を記録した映画『愛情神話』は、山西省出身の若い女性監督による上海が舞台の作品。シングルマザー、バツイチ、夫が行方不明という3人の女性の生き方と共に、今の中国の都市生活の様子がリアルに映し出され、中国恋愛映画の最新の代表作となりました。
 この映画は全編上海語(上海の方言)で、地元の人々にとっては親近感が湧き、またその他の地方の人々にとっては上海特有のOld White-Collarについての理解が深まります。Old White-Collarとは、かつては外資系企業のホワイトカラーを指し、上海の中で西洋文化をいち早く受け入れた人々の総称で、今は洗練された上海の中年男性という意味で、“文芸中年”とも言われます。
 映画の中で3人の女性の共通の友人として登場する中心人物の男性が、まさにこの文芸中年で、都会的な生活を送る彼は、おいしい手料理をつくり、アフリカの打楽器を演奏する多才な画家。彼の絵画作品も映画に数多く登場しますが、人物や都市の風景を描いた流れるようなデジタル絵画は、実在の上海の画家、趙宏Zhao Hong(サイモン)の作品です。

映画『愛情神話』
画家のサイモン。上海の淮海中路にあるカフェMannerの前で。
photo by 高継清

 1960年代生まれの典型的な上海の文芸中年であるサイモンに僕が最初に会ったのは、あるカルチャーイベントでした。彼はもともとインターナショナルな広告代理店に勤めており、2016年からSNSにデジタル絵画をアップし始めました。彼の最初の作品は、友達と一緒にご飯を食べに行き料理が来るのを待っているときに、目の前にいる女性、コーヒーカップ、ナプキン、テーブルの上にあるさまざまなものをスマホ上で描いたもので、とても自由で優雅な趣があります。何がきっかけで彼はこのような絵を描くようになったのでしょう?

 彼が10代から青年期にかけて住んでいたのは、上海の目抜き通りの淮海中路にある「上海新邨」という1939年建築の古いアパートです。そこはもともと豪商の屋敷の庭園があった場所で、その庭の敷地の半分にアパートが建てられました。有名なパブリッシャーの未亡人や国際女優として知られる黄聖依 Huang Shengyiが住んでいたことでも知られています。このアパートが象徴するような淮海中路がもつ瀟洒な雰囲気は、上海の優越主義や都市生活の本質を表しているとサイモンは考えています。
 日本のテレビドラマ『東京女子図鑑』のように、上海人の中には住んでいる場所によるヒエラルキーがあります。しかし、どんなにいい場所で生まれ育っても苦労することはあります。例えば文化大革命が終わったばかりの1970年代の終わり頃は、上海にカフェは数えるほどしかなく、淮海中路の人々はコーヒーのカスを持ち帰り再沸騰させ、ガーゼでそれを濾過し、カーテンを閉じて家でこっそりレコードを聞き、そのコーヒーの香りを楽しんでいたとサイモンは回想しています。そのような日々が、ArtRageアプリを使い指先のペインティングを通して現代の上海を見つめる彼の鋭い視線を育んできたのです。

 既に何千点もの作品があるサイモンが最も数多く描いてきたのは上海の女性たちです。上海を表現したいのなら、女性は第一のテーマとして外せないとサイモンは考えています。フランスのシャンパン、ウイスキーの山崎、クラフトコーヒーのあるライフスタイル、ハイヒール、イヤリング、洗練されたメイクアップ。サイモンの描く上海の女性たちは、ラグジュアリーでファッショナブルな街のイメージそのものでもあります。

 「上海の女性の骨格、内面と外見の調和というものは、上海がアジアナンバーワンの大都市になった頃からまったく変わっていません。彼女たちは鋭い洞察力、優れた戦略や方法論、並外れた情感、知性をもって男性を見ています」とサイモン。端正なルックス、繊細な内面、男性をコントロールする術を知っている、財産を重視するなど、上海の女性はさまざまに形容されてきましたが、これらのイメージが彼の絵にスピリッツを与えています。特に彼はタバコを吸う自立した雰囲気の女性を描くのが好きで、目の前で火をつける女性を見ると、すぐにそれを描きます。スマホがあればどこでもすぐに描けるのです。

 上海でオミクロン株の流行が始まった時期には、ちょうど街頭の木蓮が満開になり、彼はそれを描きました。よく見ると木蓮は白い防護服を着て忙しく働く医療従事者の集団になっています。長い期間、人に接触できなかったときは、家にこもってWeChatでつながる友人たちのアバター画像を描きました。

木蓮の花と医療従事者
Wechatの友人たちのアバター

 英国のデイヴィッド・ホックニーなど、デジタル絵画を作品にしている現代アーティストたちの存在からも彼は影響を受けています。スペインの洞窟壁画からアートの手法は常に変化しており、NFTといったデジタルアートの未来においては、イーゼルの上で描かれた絵画とデジタル絵画の区別はなくなっていると彼は考えています。

 実際、デジタルであろうとなかろうと、表現したいビジュアルに対するアーティストのこだわりという点は、変わることはないでしょう。サイモンの指跡が残す女性たちの姿や生きいきとした生活風景は、絶え間なく発展する上海という都市を見事に表現しています。

令狐磊 Rocky Liang

クリエイティブディレクター/編集者

『生活月刊LIFE MAGAZINE』など数々のカルチャー誌の編集長を歴任。現在は上海『衡山・和集』『方所 上海浦東店』など文化発信地的な書店のクリエイティブディレクターも務める。同時に文化とビジネスの新しいスタイルの融合を目指す文化力研究所の所長として『花椿』中国版の制作を指揮するなど多方面で活躍中。

サウザー美帆

編集者/翻訳者

元『エスクァイア日本版』副編集長。上海在住を経て、現在は東京を拠点に日中両国のメディアの仕事に従事。著書に日本の伝統工芸を紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』『造物的温度(ものづくりの温度)』(中国語、上海浦睿文化発行)。京都青艸堂の共同設立者として中国向け書籍の出版制作にも携わる。