『花椿』中国語版の制作にご協力いただいている、上海のクリエイター集団「文化力研究所」の代表で編集者の令狐磊(ロッキー・リアン)さんが、中国でいま注目のアートやカルチャーについてお届けします!
親指ほどのサイズの小さなカップ形のプラスチックカプセル。印字されているのはスイスで生まれたクラシカルな書体ヘルヴェチカの数字。開けてみると、3gのフリーズドライのコーヒーパウダーが入っています。それを冷水またはミルク、熱湯などに入れると、見た目にも美味しそうなコーヒーが出来上がり、口にするとまるでドリップコーヒー専門店にいるような気分に。
これは2021年3月1日までで累計1億2千355万3833杯飲まれている、中国の驚異的なインスタントコーヒーです。単価が約5元(約80円)とすると、2015年の創業からすでに5億元(約80億円)以上を売り上げているこのブランド。その名は「三頓半SATURNBIRD COFFEE」。三頓(三度の食事)+コーヒーを意味しています。実店舗はデモンストレーション的な店舗が湖南省長沙に1店あるだけ。低温抽出のインスタントコーヒーパウダーが入ったキュートなデザインのこのカプセルは、魔法のように大ヒットしています。
この「三頓半」のようなビジネススタイルは、タオバオのようなEC サイトの世界で育まれたと言えます。見た目にもキャッチーなカラフルさ。こだわりを感じるパッケージデザイン。持ち運びにも便利で選択の種類も豊富、そして手頃な価格。ビギナー向けには、ラテブレンド、コールドブリューフレーバー、クラシックアメリカーノの3種類18個入りが89元(約1400円)とお得です。タオバオの「天猫(Tmall)」における月間販売数は5万個以上で「インスタントコーヒー部門」で1位を獲得しています。
これは一人の時間を充実させてくれる商品でもあり、新型コロナウィルスの期間でも中国のECデイ「11月11日」には大売れ。さらに事業を発展させ、商品の種類も増やし、同時に「Project Return」を開始。書店やカフェ、取扱店などのパートナーを通じて、プラスチックカプセルのリサイクルキャンペーンも行っています。環境にやさしく地域社会にもつながるこの活動は、まさに新世代ブランドならではでしょう。
1970年代後半に実施された「一人っ子政策」により、2010年から2020年の10年間において、中国でもっともアクティブな消費者はほぼ全員が一人っ子でした。これは世界でも類を見ない消費市場です。日本の社会学者、三浦展氏が語る「第四の消費」の兆候は中国でも顕著で、多くのマスメディアが衰退し、ソーシャルメディアが勢いを増している中国では、この独立したメディアと一人っ子が組み合わさった「主体としての個人」の時代が到来しています。
家族向けの製品やブランドは中国でも依然として存在感はありますが、その実体は変化しています。10年前はパナソニックの洗濯機「愛妻号」が中国の家族にとって理想的な製品でしたが、現在、中国のニッチな分野でもっとも人気のある洗濯機は、靴下を洗うことに特化した洗濯機です。一個人の生活にフィットする製品が、よりクリエイティブになっています。
10年前はまだ多くの人がネスレやスターバックスのコーヒーを飲んでいましたが、今はさらに上質なコーヒーの味にこだわったブランドが誕生しました。個人の世界を深めることを手助けしてくれるモノに関心が寄せられる現在、「三頓半」のファウンダーである呉駿(ウー・ジュン)は“未知の惑星を開拓するエネルギー”が大事だと話してくれました。彼らはソウルの「Fritz」や京都の「KURASU」などのコーヒーショップを探索し、日本で“コーヒーの神様”と言われている田口護氏とのコラボレーションでは「Make it Sweet」という新たな商品もつくっています。
無限の可能性を秘めた社会を積極的に開拓し、今までにない新しい商品をつくり、オンラインでの人気をオフラインに広げ、新世代の大きな層に向けて、ニッチで隠れた新しいテイストを探し求め続ける。その楽しさも「三頓半」のような新世代ブランドは発信しているのです。