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どうしたいか解らない病の処方箋

2016.12.29

第六回 僕のバッグの中身

文/菊地 成孔

絵/瓜生 太郎

1) ガラケー

スマホなんて使うわけがないじゃないか。電話の相手の名前がどかーんと出るし、GPSで追いかけられるとか、いやそれは逃げ切れる方法があるとか、スマホだけで劇場用映画が撮影できるとか(その作品は、全然悪くなかったけれども)、既読スルーだとか、地鶏棒(旨そう!)だとか、インスタグラムとか、いいね! とか、ご苦労さんとしか言いようがない。モバイル通信端末の王はガラケーである。掌中に収まるし、メールが打てればそれ以外何もいらない。何が「これ一個あればみんな済むし」だ。違法性の塊のくせに! 食いものひとつ出せないくせに! 半分に折りたためないくせに!

たったひとつスマホで羨ましいのは、シャザムに代表される音声検索アプリである。居酒屋でもカフェでも僕は全く落ち着きがなく、良い音楽が流れてきたらソワソワし、「ねえ、誰かシャザム持ってない?」と聞くと、ほとんどそこにいる全員が持っている。ガラケーにシャザムを搭載しろとは言わない。「シャザム」という、小さな音声検索専用機器があれば、ガラケーと一緒に常に持ち歩く。これと、後はデジタルカメラがあれば、これ3個あればみんな済むし。これ3個で全て済む。

2) スケジュール手帳

もう10年以上前からクオバディス一本槍だ。フレンチワインの産地の、ここ20年の当たり具合を一覧しているのがありがたい。しかも「20点満点」で。とっくに覚えているのだが、レストランで「プロヴァンスの赤2007年どうでしょうかねえ」とか言ってこのページを開くと、必ずソムリエが覗き込んで、凄い勢いで微笑む。微小なのだが、全力なのである。

3) 領収書

領収書は最低730円からで、これが何を意味しているかはお分かりだろうが、過去最高は220万である。情けない。8億円の領収書というのは、どんな封筒に入っているのだろうか? 70万(例えば、アレキサンダー・マックイーンでスーツを一揃えすると)でさえ、うやうやしく封筒に入っている。何が言いたいかといえば、僕はあらゆる領収書を、貰うなり、鼻をかんだティッシュのようにくしゃくしゃにしてポケットにしまい、それからトートバッグ(言うのを忘れていた。僕はトートバッグしか使わない。試しにリュックサックにしてみたのだが、底までが深すぎ、ある日底に住んでいると思しき蟹に指を挟まれてから止めた。築地で買ったのである)の、サイドポケットに力任せに突っ込む癖がある。タクシーのワンメーターも二つ星レストランのディナー5人分もみんな同じだ。と、我ながら嫌らしい左翼性だと思う。

4) 財布

プラダの黒革長財布が3年目に入った。プラダの皮革製品は匂いが全然違う。カードが嫌いなのだが、自分の事務所を立ち上げ、代表取締役になってからとうとう逃げられなくなった。現金と常備薬(レキソタン、マイスリー、ロキソニン、アレロック)以外はカードだけだが、それは以下のようなものである。

・楽天のクレジットカード

・「てもみん」のGカード(僕が唯一使っている「ポイント」。溜まると、マッサージ中に着るウエアがタダになる。ちょっと嬉しい)

・「サウンドスタジオノア」会員証(毎日、必ず25時から29時まで個人練習をするので)

・神経科、内科、耳鼻咽喉科、大学病院、人間ドックをする総合病院、のカード(一番頻繁に使うのは神経科。精神分析が終わって10年以上経つが、前記、マイナートランキライザーと睡眠導入剤を貰いに行くと、昔は分析医だった先生が、白衣を着て精神科の外来をやっていて、その時はとてもフランクで楽しい人なので、会いに行っているようなものだ)

・クリーニング屋のカード(金持ちぶっているわけではなく、何かのフェティッシュだと思うが、クリーニング店が本当に好きで、ユニクロのデニムでもクリーニングに出す。そのうちソックスも出そうとして止められると思う)

5) ディスクマンとCD盤

さすがにイヤホンはアップルのアレ対応の白いやつだが、その先をずーっと手繰ると、ディスクマン(いわゆる「CDウォークマン」)に繋がっている。小田急線なんかで、途中でCDを変えようとかぱっと蓋を開け、CDを入れ直していると、ものすごい視線が集まる。仕事用と純粋観賞用(これだって仕事に繋がるが)と併せて、平均20枚ぐらいを持ち歩いている。

6) 名刺入れ

ブルガリの黒革縞模様が20年目に入った。今見たら、敬称略で前田日明、中瀬ゆかり、篠山紀信、の3枚だけが入っていた。

7) ネタ帳

LIFE社のプレインカラー無地のA4とA5を使うことが8年目に入った。A4がラジオのネタとラップのリリック用、A5が楽曲のアイデアと、「明日すること」用。

8) ぺんてるのサインペン

誰でも強迫神経症の微弱な症状として「切らせては絶対にいけないものを、余計に買い込む→持ち歩く」という癖があるだろう。僕はぺんてるの水性サインペンが無いとパニックになってしまうので、赤を5本、黒を5本、入れておくのだが、絶対に必ず、何かの魔法によって、黒が1本、赤が9本になっている。本当だって! 絶対!!

菊地 成孔

音楽家/文筆家

1963年生まれの音楽家/文筆家/大学講師。音楽家としてはソングライティング/アレンジ/バンドリーダー/プロデュースをこなすサキソフォン奏者/シンガー/キーボーディスト/ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。
http://www.kikuchinaruyoshi.net/

瓜生 太郎

イラストレーター

東京都在住。ファッションをテーマに女性を描くことを得意とし、シンボルマークのような図形的描写とシンプルな色使いが特徴。主な仕事に、銀座三越ウインドウディスプレイや表参道ヒルズシーズンヴィジュアルなどがある。
http://tarouryu.com/