かかわりのない風が
今日も写しきれないほど素早く
板書されてゆく
気取ってはみるものの
僕はまだ
ことばも交わせない
吹きすさぶ僕の僕たち
きみは
誰も見ないで
素早く書き取って出ていく
風みたいにきみは
かすめるだけでいなくなる
風みたいに
と
そんなふうにしかきみ呼べなくて
そんな自分が
くやしい
僕はペンをまわして
気取ってはみるものの
みるもののなんだ
選評/文月悠光
〈かかわりのない風〉は、都会の雑踏や、耳を抜けていく声を想像させる書き出し。読み進めると、ある教室の光景が浮かび上がってくる。
「風みたい」にいなくなる〈きみ〉。〈気取ってはみるものの〉もどかしい〈僕〉。〈かかわりのない〉〈ことばも交わせない〉〈かすめるだけでいなくなる〉関係は、正にすり抜けていく風のように切ない。〈誰も見ないで/素早く書き取って出ていく〉。〈誰も見ないで〉の一行から、〈きみ〉を通して風のたたずまい(勢いや冷たさ)が見えてくる。
〈そんなふうにしかきみ呼べなくて〉の部分は、本来〈きみを呼べなくて〉と綴るところ、助詞の〈を〉を抜いている。そんな語り口に〈僕〉の不器用さが滲む。添えられた〈そんなふうにしか〉も、実は〈そんな風に〉と表記できる一節。詩句のあちこち、連と連の空隙にも、青い風が吹くような新鮮さを覚えた。
いつか風が立ち止まり、〈きみ〉と見つめ合えたとき、板書されるものは何か。それは誰にも書き写せない、形のない感情だろう。