あんまり恋に疲れてしまったから
勢いよく湯船にとびこんだら
お湯があふれた
そして浮かべていたゴム製のあひるが
おとといこの家を出たあの男みたいな勢いで
わたしと入れ替わりにとびだした
デジャヴ、デジャヴ、デジャヴ。
喉元まで現実につかり
すっかりのぼせてしまったわたしは
床に転がったあひるに
なんとなく手を伸ばせなかった
選評/文月悠光
とにかくズシンときました。別れた男は、ゴム製のあひるみたいにちっぽけでチープな存在……のはずだったのに、いつのまにか、手を伸ばせないくらい重い存在になり果てていたんですね。〈デジャブ、デジャブ、デジャブ〉という響きが、湯の飛沫となって刺さってくるようです。喉元までつかった現実の熱さに、私も黙り込んでしまいました。この詩を投稿されてから一年、今はあひるの中の空気も抜けた頃でしょうか。