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今月の詩

2018.03.02

オーライ オーライ

詩/なみか

新しいマンションの前
トラックが止まる

オーライオーライ 私の暮らし
がらんとしたあの部屋で終わり
がらんとしたこの部屋でまた始まる

運び込まれたダンボールを解いて
それぞれをそれぞれの定位置へ

本棚の1段目 好きな小説 漫画
洋服ダンス キャミソールをしのばせ
押入れの高いところ 今必要でないもの

その時 スノードームが
伸ばした手から滑り落ち
ぴしゃんと床へ 雪が降り止んだ

お気に入りだったのにな
思い出 とかじゃなくても
掃除機の中 カラカラ回る
冬が回れば ここは春でしたね

あの日々たちが
ひとつずつ消えゆくとも
季節はカラカラ
この日々の中 回り続ける

1日かけて完成させた部屋
点けっぱなしのテレビ
ベッドで眠れば 朝が来て
ねえ 日当たりは良好すぎたよ
不動産屋 眼鏡のお兄さん

オーライ オーライ 私の暮らし
明日も明後日もずっと
この部屋に帰って来さえすれば良い

オーライオーライ 私の暮らし
後ろ向きには気をつけて
東京での日々を これから生きていく

選評/文月悠光

引っ越しのせわしなさと期待感が伝わってきます。〈オーライオーライ 私の暮らし〉という呪文は、引っ越しのトラックのバック運転を思わせると同時に、自分の暮らしに対しての「大丈夫、大丈夫」という言い聞かせにも聞こえます。なみかさんの投稿作は他にも良いものがありましたが、この詩がいちばん前向きに感じました。〈明日も明後日もずっと/この部屋に帰って来さえすれば良い〉。どんなにへこむことがあったって、自分はちゃんと帰り着く。
「えらいぞ私」と、がんばっている自分自身を愛でているようで、強く励まされました。