制服は鎧のように重いものだった
ボタンをひとつ留めるたび
わたしの何かが死んでいって
ボタンをひとつ外すたび
わたしの何かが生き返った
いったい何と闘っているんだ
母さんは正しい人なので
力ずくでブラウスを着させようとする
わたしも正しい人なので
ブラウスなんか着ないように抗う
猫は黙ってこちらを見ているだけ
いったい何と闘っているんだ
あらゆる感情は爆ぜて
たくさんの破片が朝陽に照らされている
決して目には見えないけれど
でも わかる
ひどくきれいな反射光
いったい何と闘っていたんだ
騒乱に巻き込まれたブラウスは
何かに怯えているかのように
ベッドの上で丸まっている
もう終わったよって
しわを伸ばしながら
ハンガーに掛けてやった
選評/穂村弘
「制服は鎧のように重いものだった」という一行目から、テーマが明示されている。対句的な表現など、歌詞を思わせるような定型性がうまく生かされた作品だと思う。その対句も「ボタン」の留め外しが「生死」と連動するオーソドックなパターンに始まって、微妙にアレンジされてゆくところが面白い。例えば、「母さんは正しい人なので」「私も正しい人なので」という、正しさと正しさのぶつかり合いの最中に現れる「猫は黙ってこちらを見ているだけ」。言葉を持たない「猫」がジャッジしてくれれば話は早いのだけど。また、「いったい何と闘っているんだ」「いったい何と闘っているんだ」の繰り返しからの「いったい何と闘っていたんだ」という時制の変化は、終盤の「もうおわったよ」に繋がっている。正しさの両立や「ブラウス」への態度など、全体を流れているフェアネスの感覚も心地良かった。