君が投げた匙をスーパーマーケットの片隅でくすぶっている
UFOキャッチャーに乗って捕まえに行くよ
だから100円をちょうだいと、この小さな穴に入れてちょうだいと
イミテーションの空なら安心して飛べるだろうって
勘違いをしていた
嘘にも心が宿ることを知ってから途方に明け暮れる愚かな二人
美しいものは綺麗なものなのに
汚くて痛いものも美しいだなんてやり切れないねって
けらけら笑ってから別々の場所でこっそり泣いた
この夜を乗り越えるためのあたたかさを探して
虚ろな目でぴかぴかの画面をスクロールしてるから
今すぐ隣で歌ってよ
喉がかれたらガサガサの声で世界中の悪口を言って
もう一度けらけら笑ってから小さくまるまって眠ろう?
君が投げた匙でまぜてたミルクティは冷めちゃって
もう砂糖を足しても溶けきらなくってジャリジャリ
わたしたちの記憶もジャリジャリって居心地わるく漂って
いつか宇宙のチリになれたなら
人工衛星に手を振って
流れる匙に願いを唱えて
消えるものも消えないものも等しく同じだよって歌ってあげたい
孤独なスクロールに寄り添うみたいにリズムを合わせて
永遠のまばたきを、送り続けてあげたい
選評/穂村弘
タイトルは「匙を投げる」という慣用句からきているのだろう。詩の中の「わたしたち」は「わたしたち」だけの裏返しの「嘘」、つまり真実の世界に向かおうとしているように感じられる。スプーンではなくて「匙」、というレトロ感。ゲームセンターではなくて「スーパーマーケット」の片隅、というマイナー感。UFOではなくて「UFOキャッチャー」に乗って、という偽物感。ここには共通する匂いがあるようだ。もしかしたら、そのような裏ルートを高速で通り抜けることで、初めて辿り着ける場所があるのかもしれない。「イミテーションの空なら安心して飛べるだろう」という倒錯は自分にも覚えがあって、或る時代以降に特有の感受性のように思える。「嘘」だからこそ宿る「心」があることを、「二人」は実は知っていたんじゃないか。そんな裏返しの「嘘」の世界では「君が投げた匙」が、本物の流れ星に変わるらしい。