ウェブ花椿で毎月ひっそりと更新されている「今月の詩」をご存じだろうか。ウェブ上で自作の詩を広く募集し、審査員の選評と一緒に掲載していく企画だ。私は3年間審査員として、作家の高橋源一郎さんと共に、「今月の詩」の選考に関わった。
第1回の募集要項には次のような文章があった。「気軽に口ずさむように、きらっと心に感じたことが表現されている詩をお待ちしています」、「美しい生き方を詩のなかから教えていただこう、それを多くのみなさまに触れていただこうと考えています」。主催者が受け手にこのように近い距離で呼びかける例は、詩の公募ではあまり見たことが無い。私も「肩肘張らないで大丈夫」と言ってもらえた気がした。
毎回の選考会も和気藹々としたものだった。会議室にこもり、その場で作品を読んでいくのだが、高橋源一郎さんの作品を読むスピードが爆速で、私は「まだ半分です!」などと焦りながら、しかしさまざまな文学賞の選考会を経験してきた高橋さんのお話も聞き逃せない! と内心ドキドキしていた。好奇心も存分に刺激される、楽しい時間だった。迷いなく、素直に心惹かれた詩を選出できたと思う。
ちなみに「今月の詩」企画は、投票によって選ばれた書き手の詩集を、紙の『花椿』付録の〈花椿文庫〉として世に送り出している。ウェブ花椿の連載更新を毎回楽しみにしていた、はるな檸檬さんの漫画『ダルちゃん』に、「今月の詩」のページが登場したときは、驚きと嬉しさで声を上げてしまった。
私が『花椿』で初めて詩のお仕事をしたのは七年前。紙の『花椿』2013年7月号の特集記事内だった。テーマは「かなでる」。ソニアパーク氏のスタイリング、ホンマタカシ氏撮影の写真に寄せて詩を紡ぐ企画。12行の中に「かなでる」と、「しまもよう」という語を入れて欲しい、という内容で(ファッションのテーマがボーダー、撮影地が小豆島という「しま繋がり」だったため)、どちらも自分の語彙には無い言葉だったので、とてもわくわくしながら、意匠を凝らした。
資生堂さんの若い女性向けブランドのひとつ「マジョリカ マジョルカ」のウェブサイトに詩を執筆したことも印象深い。吸血鬼の少女がばら色チークを手にしたら、というストーリー。スマホが普及し始めた2014年当時、スクロールすると、イラストが動き、物語が展開する。スマホ画面に映える新たな読書体験を提示した。マジョリカ マジョルカのウェブは、若手のクリエーターや作家を積極的に起用するため見逃せない企画が多かった。
資生堂と詩の結びつきを語る上で、欠かせない話題が「現代詩花椿賞」だ。残念ながら2017年で34年の歴史に幕を下ろしたが、賞の創設に関わった詩人の宗左近氏の言葉を、私は胸に深く刻んでいる。
「お化粧も詩である、ファッションも詩であるという立場に僕は立ちたいんです。資生堂の仕事というのは、日常にあって日常を超えること。現実を童話の世界に変えること。一種の魔法。だから、詩と同じなんです」
受賞者に贈られる記念品は、一点ものの特製香水瓶。授賞式に出席して目にした際、「憧れ」が手に取って確かめられるとしたら、あんな風に結晶化しているんだろう、と眩しい気持ちで眺めたものだ。
手元にある『現代詩花椿賞 二十回記念アンソロジー』(資生堂文化デザイン部 刊)を見返して改めて思う。花椿賞の特色はその選考形式にあった。選考委員は偶数で、入れ替わり制。多数決ではなく、徹底的に話し合う。ゆるみのないフェアな選考体制だ。花椿賞が掲げていた「年度に発行された全ての詩集のなかで最高の一冊」という基準はこうして保たれていたのだ。
私は三年の任期を終えて選考を離れますが、審査員は、穂村弘さんと大崎清夏さんに替わり、「今月の詩」はまだ続きます。皆さんの詩をウェブ花椿で読める日を楽しみにしています。