新宿の伊勢丹で真っ赤な口紅を買った。今ではもう廃盤となってしまった、資生堂のパーフェクトルージュの中でも一際華やかなルージュだ。
たぶん今から1年くらい前のこと。
もう着飾ることをやめたときだった。バッチリなメイクも、完璧主義も、誰かの理想になろうとすることもやめた。自分以上の誰かになろうとしたら、自分ではない誰かをその先ずっと演じなくてはならなかったからだ。
その代わり、本質的な美しさを磨くことにした。例えば本をたくさん読んだり、映画をたくさん見て知識や感性を磨くこと。外食をやめ、家で食事をして体調を整えること。高い基礎化粧品を使うのではなく、自分の肌に合ったもので健康的な肌になること。自然の中で過ごし、心の緊張を解きほぐすこと。誰に対しても優しく正直でいること。
そうしていると自分を好きでいられるのがとても心地よかった。自分を嫌っていたり自信が無かったりすると、負のエネルギーがぐるぐると自分を囲んでしまうのだと思う。
ここで特筆したいのは、シンプルに立ち返り自己愛をもつことで己のアイデンティティが見え、受け入れることができたことである。
幼い頃から好んで見たり触れたりするものには、デフォルトで西洋への憧れと日本人であることのコンプレックスが投影されていたように思う。しかし、家庭や学校で教えられた古きよき日本人の心もちと知恵は、私を形成する本質的な部分、いわばアイデンティティである。
アイデンティティさえわかっていれば、あとは煮ても焼いても大丈夫。着飾ることをやめてシンプルに立ち返った結果、今までの自分の価値観では見えなかったものが愛おしく思えたり、素敵だと思えるようになった。
音楽家の私は自然と音楽に自らを投影する。そしてそれを表現するとき、自分自身を最大限に生かして美しく見せるために、真っ赤な口紅を買ったのである。素肌に赤い口紅、ラフな私のスタイルが生まれた理由は、かれこれそういうわけである。
1年くらい前、伊勢丹で買った資生堂のパーフェクトルージュは、この気持ちを思い出させてくれる大切な存在だ。
素肌に、赤い口紅だけで、十分なのである。