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偏愛!資生堂

2018.09.28

第24回 尾崎世界観 × アネッサ

文/尾崎世界観

Photo/Sampei Yasutomo

バンドを始めてからメジャーデビューまで10年かかって、やっとスタート地点に立った時点で、持っている力を全て注ぎ込んでいた。ここからが本番で、今まで以上に厳しい戦いになるのに、もう傷だらけで虫の息だった。
結果がどうなるかわかっていても、上があるのなら行かないわけにはいかない。同じ場所を目指して諦めていったバンド仲間に合わせる顔がないからだ。
そうして始まった日々に目を回しながら、迎えた初めての夏、レコード会社の偉い人に「アネッサのCMタイアップが決まりそうだから曲を作りなさい」と言われた。アネッサと言えば、夏のCMの真ん中だ。よく見ていたし、強く焼きついている。(焼けちゃ駄目なのに)
日の目を見たくて、日差しを浴びたくてメジャーデビューした。それなのに、日焼け止めのCM曲を作ることになるなんて、自分らしくて最高だと思った。
資生堂本社へ打ち合わせに行った日のことはよく覚えている。会議室で監督の小野健さんがCMの絵コンテ(小野さんは美大卒で、あんなに綺麗な絵コンテはあれ以来見ていない)を見せてくれた。
「この絵コンテの12秒の所に、YOUを4回、SUNを2回、それぞれ入れて欲しいんです。それを踏まえて詞曲を作って貰えませんか?」
小野さんにそう言われて、頭が真っ白になった。(真っ黒じゃなくて良かった)
わかりました、それでやってみます。そうは言ったものの自信も確信もなかった。
家に帰ってから、曲を作り続けた。あくる日も、そのあくる日も、日当たりの悪いアパートの中で1番気温の低い玄関の前に座り込んで、ギターを抱えてうんうん唸った。パンツ一丁で、腹の辺りに汗溜まりを作りながら、粗悪なカーペットが刺さって足全体がかゆかったのを覚えている。
爽やかな夏のCMとは真逆の状況下で、時間を計りながら、12秒の所でYOU4回とSUN2回、何度計算しても当てはまらない。15秒は一瞬で、どんなに削ぎ落としても上手く収まらない。でも、途方に暮れて吐くため息が体の汗を冷やして心地よかった。

締め切り間際で何とか捻り出した3曲を、提出日当日、会議室に直接ギターを持って行って小野さんの前で歌った。2曲歌った所で、まだ反応は薄い。いよいよ最後の1曲になった。
実は、約束の12秒を正確にクリアしているのは最後の1曲だけだった。1番の自信作だったし、もしこの曲が選ばれなかったらお終いだと、夢中で歌った。
そういった場にアーティスト本人が直接行くことも、ましてや直接歌うことも、反則だったかもしれない。でも、歌っているとき、ライブとは別の高揚感があった。自分を見つけてくれたこの人に、自分を選んで良かったと思わせたい。その瞬間には確かな手応えがあった。
「これ良いですね」
小野さんがそう言って、体中の力が抜けた。この年の夏は、日当たりの悪いアパートで、翌年の夏の15秒に丸ごと捧げた。

完成した15秒は一瞬だったけれど、小野さんとの関係は未だに続いている。

尾崎世界観

ミュージシャン

バンド「クリープハイプ」のボーカル、ギター。独自の観察眼と言語感覚による表現は歌詞だけでなくエッセイや小説でも注目を集める。著書にエッセイ集『苦汁100%』『苦汁200%』、小説『祐介』(すべて文藝春秋)、エッセイ集『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(KADOKAWA)などがある。2021年1月に発表された小説『母影』(新潮社)は、芥川賞にもノミネートされ話題となった。同年12月8日にはニューアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』が発売。2022年4月に歌詞集『私語と』(河出書房新社)を刊行した。
2023年3月には幕張メッセ国際展示場・大阪城ホールというキャリア史上最大規模の会場にて、アリーナツアー 2023「本当なんてぶっ飛ばしてよ」を開催する。
http://www.creephyp.com