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偏愛!資生堂

2018.10.31

第25回 最果タヒ × 資生堂パーラーのオムライス

文/最果タヒ

Photo/Yasutomo Sampei

「お化粧も詩である、ファッションも詩であるという立場に僕は立ちたいんです。資生堂の仕事というのは、日常にあって日常を超えること。現実を童話の世界に変えること。一種の魔法。だから、詩と同じなんです」
 私は4年前に出した詩集で、資生堂が主催していた現代詩花椿賞を受賞したのだけれど、私にとってこの賞は特別であったので嬉しかった。冒頭の言葉は花椿賞が創設されるにあたっての詩人・宗左近さんの言葉だ。美しさというのは、なくても、生きていける。それがないと死ぬだなんてことは決してないけれど、しかし人はそれを手放すことができないでいる。実用的でないもの、娯楽とは呼べないもの、そういうものがどうして必要なのか。そんなことは簡単で、私たちはただ楽をしたいわけでも、ただ暇なわけでもなくて、怒りや悲しみや喜びや空しさや苛立ちや優しさの渦の中に立って「私」をやっているからだ。要するに人間だから、美しさが欲しい。意味がなくても、効果がなくても、美しさが必要なんだ。
 それは、魔法なのかもしれない。現実を生きているが、現実だけでは生きていけないのが人間だから。卵でごはんをくるんだのがオムライスだ。でも、どうせなら完璧なオムライスを、理想的なオムライスを、食べたいじゃないか。そう思うのが、人間じゃないのか?

 資生堂パーラーのオムライスは、写真だとあまりにも非現実的に見えて、ちょっと信じられなかったのだけれど、目の前に現れたそれは、写真よりさらに非現実的な姿をしていた。3次元なのだけれど2次元に見える。一人だけアニメーションみたいな姿をしているそのオムライスは、けれど、スプーンを当てると削れ、断面が見える。「ひっ、現実だ!」と私は心の中で叫んでしまう。ケチャップライス。卵。なのに、口に運ぶと、それがただのオムライスであるわけもなく、「オムライス」を研ぎ澄まして出来上がった「別の何か」に感じられる。いや、もしかしたら私の知っているオムライスが、オムライス度13ぐらいの別物で、これこそがオムライス度100のオムライスかもしれないよなあ。人は完璧なものを前にすると戸惑ってしまうのだろうか。ここまでしなくてよかったのに、と急に慌て始めてしまうものなのだろうか。私は、スプーンが止められなくなる。このオムライスを忘れられなくなるだろう、と食べながら確信する。そして、ついに、「オムライスをここまでにする必要ってあんのかな?」という気持ちにもなってくる。でも、ここまで、おいしいものなんて、人間に必要ないでしょう? とか聞かれたら多くの人は「あるに決まってんだろ」って即答するだろう、それと、同じだ。オムライスの美しさ、いるに決まってんだろ。こういうオムライスがこの世に存在しているというそのことに、大きな意味があるのだ。もちろん、オムライスが完璧でなくても、生きていけるんだ。けれどそういうことと関係ないところで愛せる食べ物があるっていう、そのことを、私は、幸せだと思っている。

 詩を書くことで生活をしている。私は、同時に、詩がなんの役にも立たないということをよく知っている。生きる上で必要ないでしょう、といわれたら、そりゃもちろんと頷くだろう。わかりやすさもかけらもない。何かに白黒つけることもできないし、詩に意味や効果はまったくないと言い切れる。私は、だからこそ詩が、人の心に肉薄できると信じている。私たちは自分のことをすべてわかっているわけではない、説明なんてうまくできないし、白黒もつけられない。すべてが、詩と同じで、だからこそ詩はそこまで届いていくことがあるんじゃないのか。それを「お化粧と同じだ」と言われたことが私はとても嬉しかった。美しさというものが、きっとそうなのだろうと思えた。オムライスを食べたとき、私はそうした喜びに触れることができていたんだ。どうして、お化粧をするのか。どうして完璧なオムライスを食べたいのか。どうして詩なんてものがこの世にあるのか。単純な理由などないけれど、でも、だからこそ、人間はそれらと離れがたいのだとわかります。私はそういう人間もまた、「美しい」と思うのです。

最果タヒ

詩人

1986年生まれ。2004年よりインターネット上で詩作を始める。詩集『死んでしまう系のぼくらに』で現代詩花椿賞受賞。詩集『グッドモーニング』で中原中也賞受賞。その他、小説、エッセイなども多数執筆。17年に、詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』が映画化。その他、エッセイ集に『きみの言い訳は最高の芸術』、小説に『十代に共感する奴はみんな嘘つき』などがある。最新詩集は『恋人たちはせーので光る』。新刊にエッセイ集『「好き」の因数分解』、『コンプレックス・プリズム』がある。
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