南米コロンビア、サンタマルタという街に来ている。
夕日を受けて鉛色に輝くカリブ海の上には縦長の雲がいくつも並んでいて、時折その雲と雲の隙間を稲妻が駆け巡る。ドーンとどこかに雷が落ちる毎に、部屋のベランダの前に生えているネムノキの枝で休んでいるオウムたちが大騒ぎしながら木の外へ飛び出して回る。50羽以上はいるのだろう。
これから演奏会のリハーサルが始まるというのに、約束を2時間過ぎた今も、だれも迎えに来てくれない。
突然のスコールで会場が水没したとか、ストライキで交通機関がストップしてピアノが届いていないとか、共演するオーケストラの団員が行方不明とか、何しろまた何かが起こっているのだろう。
この地で唯一確実な事は、「何をするにも想定外の事が起こる」という事だ。
この国の音楽家たちの才能は凄まじい。どんな障害や困難も味方にして世にも美しい音楽を演奏する。ピアノの鍵盤が多少欠けていても彼らには関係ない。
オウムの鳴き声や雷とも瞬時に共演してしまうラテンの国の音楽には、その場に居合わせる全てと共に新しい響きを生み出して行く喜びがある。南米は大地全体が私にとって音楽の師匠のような場所だ。
ただ、ここで一つだけ手に負えない事がある。行く先々で状態を変えて降り注ぐ容赦ない太陽光線だ。
「アネッサ」。これだけは手放せない。
ここカリブ海の太陽はまだ優しいが、来週は熱帯アマゾン、その後は目も開けられないほどの紫外線が降り注ぐ標高4000メートルのアンデス山脈へと移動が続く。
どこの国に行っても紫外線対策の化粧品は手に入るのだが、まるでワインかコーヒーのように地域ごとに香りも使い心地も異なっていて、高温多湿の熱帯雨林地域で売られているものを乾燥した高地で使うと妙に肌が乾燥したり、逆に乾燥地帯で人気のものは肌に纏わり付きすぎて気持ち悪かったり香りが強すぎたり・・・など、意外と合うものを見つけるのが難しい。
いろいろ試した結果「アネッサ」が世界中どこへ行っても安定していてどんな気候差標高差にも左右されず、少量で長持ちして最も楽チンであるという結論に至った。
日本から果てしなく遠い地球の裏側で、鞄の奥のほうに入っているアネッサのボトルの「太陽の目」と目が合うと、何ともお守りに守られているようなホッとした気分にもなったりする私の旅の友だ。