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偏愛!資生堂

2017.10.25

第15回 桑村祐子 × 資生堂企業資料館

文/桑村祐子

丹後の水田

私は、のどかな内海の舟屋で有名な丹後という土地で生まれ育ちました。

京都といえども目の前に広がるのはどこまでも続く日本海の水平線、そして磯の香、波の音。緑豊かな丘や山がそびえ、ゆったりとした穏やかなこの環境は私にとってのすべてともいえるルーツです。

春夏秋冬、移りゆく季節ごとにとれる海のもの山のもの、素晴らしい産物が間近で揃う環境のおかげで、家業は料理旅館を古くから営んでいました。

この恵み多き自然とともに高校生までを過ごした私は、まだ幼い小学校の行き帰り、ひとりで野いちごやグミの実、ポーポと呼ばれる果実を頬ばりながら、田んぼのあぜ道や野花の咲く山路をご機嫌で通ったものです。いつの間にか時間を忘れ、遅刻しては叱られての繰り返しでしたが、それでも道草は長くなるばかりでした。

ポーポ という果物

コンビニもありません。おやつと言えば、忙しい両親の代わりに育ててくれた大好きなおばあちゃん手作りの素朴なお団子や、裏の畑で採れるトマト、焚き火で焼いたお芋さん、これが当たり前の子供の頃でした。混じり気のない素材そのものを味わう喜びを知り得たことは、今でこそ有難い経験であったと思います。

素材を知ることは
その本質を知ることに通ずる

その土地の風土が、幼い私に教えてくれたことです。何よりもこのことは食べ物だけに留まらず、仕事や友人、何気ない日常や人生においても大切にしている感覚の原点だとも言えます。

至哉坤元 万物資生
(いたれるかなこんげん ばんぶつとりてしょうず)

大地の徳は素晴らしい!
すべては、ここから生まれる
資生堂という名の由来とききます。

掛川にある資生堂企業資料館を訪れたときのことです。文明開花の歴史を彩るかのように華やかで洗練に満ち溢れた美意識が、香水瓶やグラフィックにその時代ごとの香りを閉じ込めて、静謐にして堂々とした足跡として辿ることができます。
最先端を走ることを余儀なくされるビューティー、ファッションの世界で常に先頭にいながら、アートとサイエンスの融合を目指した創業の精神が大地万物の礼讃を根っことした思想にあったことは、そこはかとない奥深さを感じる意外な経験になりました。

2002_資生堂企業資料館_1階展示場_1

人がそうであるように、そのものの美しさ、らしさ、目論みのないところにこそ存在する強さ。ただ足し算するのではなく、もうすでに在るものに、いつも新鮮な何かを見つけたりずっと大切にしていくことに心が惹かれます。仕事も、衣食住すべてもそうありたいと思っています。

いつか自分も素となって大地の一部に戻っていく、という肌感覚。

自分の中にある、まだ言葉にできないけど確かにある感性と、心から美しいと思う混ざり気なしの物差し、があれば案外シンプルに生きていけるように思っています。

桑村祐子

取締役

和久傳 代表取締役。1964年、京都府京丹後市に生まれる。ノートルダム女子大学を卒業後、紫野 大徳寺にて掃除と畑仕事を学びながら居候。1990年に家業の料亭 高台寺和久傳で女将修業を始める。郷里の丹後を愛し久美浜町に「和久傳の森」食品工房やレストランを運営する。2017年より 和久傳 代表取締役。