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恋する私の♡日常言語学

2020.06.17

恋する私の♡日常言語学【Vol.10】“下から目線”の圧力ってありませんか?

文/清田隆之(「桃山商事」代表)

協力/小川知子

イラスト/中村桃子

「恋愛とことば」をテーマにした連載「恋する私の♡日常言語学─Ordinary Language School」。かつてオックスフォード大学で哲学を学ぶ人々を中心に「日常言語の分析が哲学者の中心課題だとする方法意識」という思考のもとうまれた「Ordinary Language School」(日本大百科全書より)。この思考にヒントを得て、数々の恋愛話を傾聴してきた恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之と、『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)の選者も務め、人から話を聞くことを専門とするライターの小川知子が、恋愛においての「ことば」をめぐる諸問題について語り合います。
 意中の人や恋人となんだか上手くコミュニケーションが取れなかったり、すれ違いに悩んでいるあなた! その原因は「ことば」にあるかもしれません!

 

vol.10  “ 下から目線 ” の圧力ってありませんか?

 

「お前は恵まれてるんだから語る資格はない」

清田隆之(以下清田) 以前、モテてしまうことが悩みの種になっている女性が桃山商事のところへ相談に来たのね。彼女は確かに人目を惹くような美人で、話を聞くにとても多趣味で勉強家だった。スポーツや外国語、社会問題など様々なコミュニティに参加していて、そこで刺激的な仲間ができるんだけど、ちょっと仲良くなると男性たちがいろんな形で好意を向けてくる。それが結構しんどいみたいで。

小川知子(以下小川) 例えばどういう感じなの?

清田 勉強会と称してデートに誘われたり、知識や実績でマウンティングされたり、馴れ馴れしくボディタッチされたり。興味あることについて仲間と存分に語り合いたい気持ちはあれど、そういうことが続いて男性が怖くなってしまったと彼女は語っていた。

小川 マウンティングにボディタッチ……。それは嫌だわ。恋愛でこじれてしまうと、コミュニティに居づらくなってしまうかもしれない。

清田 だから男友達も全然できないみたい。さらに彼女は、こういう話を誰にもできないことにも悩んでいた。女友達に相談したこともあったらしいんだけど、「好かれるだけいいじゃん、私なんてデートにすら誘われないよ〜」と言われ、結局「モテる内が花かもね(笑)」みたいな感じで会話が終わってしまった。それ以来この悩みを誰にも話せなくなり、それで我々のところへ相談に来たみたいで。

小川 なるほど、それはつらいね。つまり自慢話として受け取られてしまったわけだよね。

清田 そうそう。それで思ったのは、今って“下から目線”の圧力というか、恵まれた状況にある(ように見える)人ほど発言しづらい空気があるんじゃないかってことで。実際に先日も、コロナをめぐる政府の対応に抱いた疑問を彼氏に話したら、「企業の正社員だから困ってないでしょ」みたいなこと言われてモヤモヤしたという女性の話を聞いた。その彼氏はエンタメ業界で働くフリーランスみたいで、確かに給付金などは切実な問題なんだと思うけど……。

小川 「お前は恵まれてるんだから、政治を批判する資格はない」と言ってるようなものだけど、政府に疑問を抱くことと正社員であることは本来まったく関係ない話だよね。

清田 それ以来、揉めるのも嫌だから彼氏とは当たり障りのない会話しかできなくなっちゃったみたい。このように、下から目線の圧力を直接受けることもあれば、それを気にして話題を選んだりコミュニケーションが息苦しくなったりってことが結構あるような気がする。

上から目線に思われないようマイナス要素をセットに

小川 私の友達にも大企業に勤めている女性がいて、主に男性からよく羨ましがられたりするんだって。で、彼女はそういうとき、「でもストレスが多くて」とか「斜陽の業界なので」とか、マイナス要素を言ってバランスを取らなきゃいけないのが面倒くさいと言っていた。

清田 あ〜。なんかそれ、めっちゃわかる気がする。俺も桃山商事の活動が運良く出版社の人の目にとまり、本を出す機会に恵まれた途端、昔からお世話になってる制作会社の人とかから「清田くんはもう作家先生だからうちの仕事は請けてくれないか〜」みたいに言われることが増えた。そういうとき、俺も「でもぶっちゃけ稼ぎは減ってるんですよ〜」「双子のミルク代稼がなきゃなんで仕事ください!」とか、つい反射的に言ってしまうところがあって。

小川 思わず空気読んじゃうわけね。

清田 発言や態度が “上から目線” に受け取られやしないかと心配して、自分の情報を低め設定で伝えたり、マイナス要素とセットにして中和しようとしたり……自分の中ではそんな心理が働いているような感覚がある。

小川 そこにはおそらく日本の「謙遜カルチャー」も関係してるよね。正直自分の中には全然それがなくて、私も「いい仕事ばっかりしてるよね」と言われることがたまにあったりするんだけど、「そうかな。でもそう思ってくれるならありがとう」と言うしかない。私としては自分のやりたい仕事をやっているだけで、良し悪しで選んできたわけではないというか。

清田 いや、ホントそうだよね。過剰な謙遜は無用なはずなんだよ。

小川 別に自慢してるわけでもないんだし、そこは自信を持っていいところだと思うけどな。とはいえ、私のこういう態度に反感をもたれたこともよくあったし、大学生のときでさえ友達から無視されたこともあるから難しい問題なんだけど(笑)。

清田 えっ、大学生で無視とかあるの!?

小川 そうそう。友人たちが服を褒めてくれたとき、どうも私が喜怒哀楽に富んだかたちで喜ばなかったみたいで。アメリカナイズされた校風だったので、互いに褒め合ったり、感謝の言葉をわかりやすく伝えるのが当たり前という環境で、私は「あ、どうも」くらいの態度を取ってしまった。それが気に入らなかったようで、とあるグループから無視されたという出来事だった。本当に他愛ないことだったから、私も笑っちゃったんだけど。

清田 う〜ん、そこでヘソを曲げちゃうのはちょっと謎だよね。謙遜を期待しての褒めだったのかな……。

小川 どうなんだろうね。ただ、この一件に限らず、私にはどうも上から目線に受け取られがちなところがあって、自覚的に気をつけないといけないとは思っているんだけど。

“下マウンティング” の行き着く先とは

小川 下から目線の話で言うと、私たちの友人である編集者のおぐらりゅうじくんが名づけた ”下マウンティング” もあるよね。おぐらくんいわく、例えば誰かが「実は借金50万あるんだ」って告白して場が盛り上がっているときに、「50万なんて余裕じゃん。俺なんて200万以上あったよ」みたいなこと言って水を差したりとか、そういう不幸や不運の度合いによってマウンティングする行為を指すことばで。

清田 言い得て妙すぎる(笑)。「下からマウンティングする」って、意味としては矛盾してるけど現象としてはめっちゃあるよね。ていうか自分自身、特に大学生の頃はこういう行為を頻繁にやってしまっていたような気がする。

小川 男性からより顕著に「もっとかわいそうな俺のほうがすごい」という自意識を感じるとは個人的に思っていたけれど、清田くんもそうだったんだ(笑)。

清田 そうなのよ。大学生のときは自分が平凡な人間であることにコンプレックスがあって、喉から手が出るほど個性が欲しかった。それで自虐や不幸自慢によってキャラやポジションを得ようと試みたけれど、そのスケールもまた平凡でさらにコンプレックスをこじらせるという結果に……。そうやってなんでも勝ち負けに還元してしまう価値観はいかにも男性的かもしれない。

小川 私の中には自虐とか下マウンティングというコマンドがないので、感覚的にわからない部分は正直ある。でも、最初に清田くんが紹介してくれたモテてしまうことが悩みの女性みたいに、誰かに聞いて欲しくて打ち明けた話を自慢と受け取られたり、下マウンティングされたりするのはつらいなって思う。「その先に何があるんだろう?」って感じもするし。

清田 昔ギャルの座談会で司会をやったことがあるんだけど、「彼氏の束縛が激しい」と言った人に対し、別の人が「殴ってこないだけ全然マシじゃない?」って返しててびっくりした。確かに下から目線や下マウンティングの行き着く先はどこなんだって話だよね。それが相手の発言権を奪ったり、遠慮や忖度を強要したりということにもつながるわけで。

小川 背景にはさっきも話していた謙遜カルチャーがあるような気がするし、相手を攻撃する意図で言ってる人もいると思う。でも一方で、場を盛り上げたい、話をおもしろくしたいという気持ちで下マウンティングをしている人もいるはずで、一概に悪いものとは言えない。ただ、そこに当事者性みたいなものがなかった場合は、やはりイラッとしてしまう気がする。あと、「モテる=幸せだ」とか、「正社員は恵まれてる」とか、「いい仕事をしてる」だとか、「誰が何の基準で判断してるの?」って違和感もある。そもそもあなたと私の基準は違うものなのに。

清田 勝手に決めるな、安易にジャッジするなって話だもんね。

小川 例えば、小説や漫画やドラマや映画の中でもものすごく多様な物語が存在していて、個人の悩みは個人にしかわからないってことが提示されているにも関わらず、「美人だから幸せだね」とか、「お金持ちだからいいじゃん」とかって判断しちゃうのはちょっと乱暴的だと思う。

清田 そういう暴力性に無自覚なままコミュニケーションのコードみたいになってしまっている。自分自身も下から目線の圧力を内面化している気がするけど、誰から押し付けられてるわけでもないのに、ついそのコードにチューニングしようとしてしまうこの感じ……こういうのを同調圧力っていうのかもしれない。

小川 特にSNSとかだと大量の目に見られている感じがあるし、意識しすぎると何も言えなくなってしまう。相互監視みたいになっちゃうと息苦しいよね。それよりも個人個人が、幸せなときは「幸せだ」って、つらいときは「つらいです」って気兼ねなく言える世の中のほうがずっといいなって私は思う。

清田 そうだね。下から目線と上から目線はおそらく裏表の関係で、現代的なコミュニケーションの問題なのだと思う。ここで何か結論や解決策を出せるわけじゃないけど、我々の対話が問題提起になったらいいよね。

清田隆之

文筆家

恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。
1980年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。著書に『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(イースト・プレス)、『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)、『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)、澁谷知美さんとの共編著『どうして男はそうなんだろうか会議 いろいろ語り合って見えてきた「これからの男」のこと』(筑摩書房)がある。近著に『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門~暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信~』(朝日出版社)、文庫版『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(双葉社)がある。
イラスト/オザキエミ
https://twitter.com/momoyama_radio

小川知子

ライター

1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216
https://twitter.com/tometomato

中村桃子

イラストレーター

1991年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ヴィジュアルデザイン科卒業。グラフィックデザイン事務所を経てイラストレーターにとして活動。装画、雑誌、音楽、アパレルブランドのテキスタイルなど。作品集に『HEAVEN』がある。
https://www.instagram.com/nakamuramomoko_ill/