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恋する私の♡日常言語学

恋する私の♡日常言語学【vol.15】 「マジョリティ」や「マイノリティ」って誰のこと?

2021.07.09

文/小川知子

協力/清田隆之(「桃山商事」代表)

イラスト/中村桃子

「恋愛とことば」をテーマにした連載「恋する私の♡日常言語学─Ordinary Language School」。かつてオックスフォード大学で哲学を学ぶ人々を中心に「日常言語の分析が哲学者の中心課題だとする方法意識」という思考のもとうまれた「Ordinary Language School」(日本大百科全書より)。この思考にヒントを得て、数々の恋愛話を傾聴してきた恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之と、『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)の選者も務め、人から話を聞くことを専門とするライターの小川知子が、恋愛においての「ことば」をめぐる諸問題について語り合います。
 意中の人や恋人となんだか上手くコミュニケーションが取れなかったり、すれ違いに悩んでいるあなた! その原因は「ことば」にあるかもしれません!

 

 

マジョリティとは「考えなくても済む人」

清田隆之(以下清田) 最近、個人的に「マジョリティ」や「マイノリティ」ということばについて考えることが多い。国籍の問題、格差の問題、障害の問題など、この社会にはさまざまなマジョリティ/マイノリティが存在していて、ジェンダーの問題であれば女性がマイノリティの側になると思うし、シスジェンダー/トランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と性自認が一致/不一致)の違いや、多種多様なセクシュアリティなどのファクターもある。もちろんこれは単純な二分法とかでは決してなくて、ひとりの人間はさまざまな属性の集合体であり、そこにはマジョリティ性とマイノリティ性が混在している。

小川知子(以下小川) どこから見るかによって、立場は全然変わってくるもんね。

清田 それで自分自身はどうなのかと考えてみると、シスジェンダーでヘテロセクシュアル(異性愛者)という“マジョリティ男性”で、それはこの社会で生きる上で不利益を被りづらい側に当たる。拙著『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)でも男性特権の問題を取り上げたけど、ジェンダーのことを知る前はいわゆるマイノリティでない=マジョリティであるということがあまり頭の中で結びついてなかった。でも、社会の仕組みやルール、システム、常識、ライフコース……などさまざまなものが「働いている健康な異性愛者の男性」という“デフォルトマン”を標準に設計されていることを知るにつれ、まさに特権だなと痛感するようになった。デフォルトマンとはイギリスのアーティスト、グレイソン・ペリーの『男らしさの終焉』(フィルムアート社)で紹介されていた概念だけど、自分もそれに当てはまるよなって。

小川 なるほどね。

清田 「特権を与えられてる」なんて聞くと、まるで一部の勝ち組男性みたいにイメージしてしまうけど、“普通に”大学を出て会社で働いていて、“普通に”恋愛して結婚して……という男性像──メディアで扱われるときは「一般男性」と形容されるような人たちがマジョリティ男性としての特権を享受しているわけだよね。自分はフリーランスで、その部分では多数派と少しずれた生き方をしている自覚はあったけど、マジョリティ性を多分に帯びているなと自覚するに至ったのは、「考えなくても済む」とか「やらなくても許される」とか「そういうふうになっている」とか、目に見えない形の特権をいろいろ与えられていることを思い知らされたからで。

小川 例えば、ルッキズムの問題とか?

清田 外見の問題も含め、本当にいろいろだよね……。例えば化粧とか、もちろん美容に関する喜びや楽しさはあると思うけど、「しなきゃいけない」みたいな圧力を自分は受けているわけではない。女の人の話を聞くと、駅やコンビニからの帰り道でも「襲われるかもしれない」ということを考えながら夜道を急ぐという。それを思うと、夜中でもふらっと出歩けてしまうこと自体ある意味で特権的だなと。

小川 電車で痴漢に遭うとか、夜道で酔っぱらいに絡まれるという経験も、男性には頻繁には起こらないだろうからね。

清田 そうだよね……。それまでも「女の人は大変だな」「理不尽で不平等だな」という感覚はあったかもしれないけれど、男性特権と裏表の関係にあるものだとはまったく考えていなかったのが正直なところで。「ヤバい男が女性に恐怖心や圧力を与えている」という他人事感を捨て、自分もそのヤバい男側に属しているのだという事実……認めるのは嫌だしつらいけど、やはり目を背けてはならない問題だよなって。

小川 毒性のある男らしさに前途有望な未来を奪われた女性たちのリベンジ・スリラー映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』の脚本を書いたエメラルド・フェネルがインタビューでこの映画が生まれたきっかけについて話してたの。友達と会食をしてたときに、地下鉄で悲惨な目に遭ったという女性の体験談を聞いて、そこにいた男性陣がショックで凍りついて、その反応に対して女性陣が「あなたたちはどんな世界に住んでるわけ?」と衝撃を受けたという内容でさ。

清田 見えてる世界が男女で違いすぎるって話だよね。まさに自分もそういう感じだったからわかる……。というか、数で言えば男女ともに同じくらいなわけで、男性がマジョリティと言われているのはおかしな話じゃない?

小川 日本はむしろ女性のほうが人口ちょっと多いしね。

清田 社会学者のケイン樹里安さんが、編著書『ふれる社会学』(北樹出版)の中でマジョリティのことを「気づかずに済む人々」「知らずに済む人々」と説明していて、とてもハッとさせられた。多数派とは社会の最大公約数から外れていない人のことで、世間や常識といったものの中に浸透する価値観に違和感をもつ必要がない人なんだよね。自分では“普通”だと思っているものでも、そこから漏れる人たちにとってはとても暴力的な仕組みやルールになってしまっている可能性がある。その自覚や是正を求められたときに多数派が困惑する……というのは本当にさまざまな場面で起こっていることではないかと思う。

“マジョリティの被害者意識”はなぜ生まれるのか

小川 人生で一度くらい、自分がマイノリティだとコンプレックスを感じていた時期ってあるとは思うんだけど、それを引きずったまま、今やマジョリティ枠に収まっていることに気がついていない人って結構いるよね。年齢もそれなりで、役職もお金も家もあって、子どもも成人しているような人が、「自分だってマイノリティなんだ!」と確実にその人よりは守られていない弱者に対して主張するシーンって多々あるじゃない。逆ギレとして表現されるやつね。

清田 確かに……それ、めっちゃある気がする。前にナンパ師の男性にインタビューしたことがあるんだけど、学歴も収入もあるエリートサラリーマンなのに「思春期に女子からモテなかった」というコンプレックスを引きずっているようで、ナンパは女性に対する復讐でもあると語っていた。その人にとっては「モテない=マイノリティの弱者」という認識みたいで。

小川 そうそう。当時のマイノリティ・コンプレックスを引きずってるから、今の自分の権力やどれだけ守られているのかが見えていない。責めている相手のほうが守られていないということを理解できない。だから、それこそが特権性だということに悲しいかな目がいくはずもない。

清田 もっと言えばさ、一部の政治家のような権力者も、自分の支持者を弱者側、被害者側として扱ったりするじゃない。「ほかの思想や党に妨害されてる」とか「よそ者に乗っ取られる」とかさ、被害感情を煽ることでポピュリズム的なものにつなげていくというか。多数派の被害者意識って、メディアに乗って拡散されるとめちゃくちゃ支持が集まったりするから恐ろしい……。

小川 日頃の鬱憤を晴らすかのようにね。

清田 それがやがてアイデンティティにも重なってしまったりする。マジョリティ男性の被害者意識という問題でいうと、例えば男社会って競争原理のピラミッド構造になっていて、原理的に勝者になれるのは一人ってことになると思うのよ。

小川 大変だよね、勝ち取らなきゃいけないという状況も。

清田 だから、どんなに高いところまで上ったとしても、ほとんどの人がどこかで負けてしまう。もっとすごい奴がいるってことになる。だから、社会的にかなり恵まれているように見える人でも、競争原理の中で負けてる部分もあるから、誰もが弱者や被害者のような意識をもちやすいのかもしれない。

小川 以前、友人が被害者意識の強いマジョリティ男性と付き合っていた頃に、小さいモラハラを受けていると話してて。二人とも別の企業で働いていて、彼は彼女に「仕事のおいしい部分をもっていくタイプの人間」とラベリングをしてたんだって。自分はスペックが高いという自負はあって、僕みたいな人が支えているから、君のような人が輝けるんだぞということを日々言われていたらしい。

清田 ええー! それはひどすぎるね。一緒に仕事をしているわけでもないのになぜそんなことを言うんだろう。仮に彼が被害者意識──自分の努力が認められず、他の人に手柄を奪われているような感覚を抱いているとして、それがつらいなら愚痴ったり助けを求めたりするほうがよっぽどいいと思うけど、それをしないどころか、彼女に嫌みを言うことでストレスをぶつけてるようにしか見えない。もっとも、そうやって誰かを攻撃しつつも、自分の抱えてるつらさを理解して欲しい、面倒くさい自分をうまく扱って欲しい、なんなら聖母のように包み込んで欲しい……みたいな思いも同時に抱えている男性ってたくさんいるように感じる。でも相手もそう期待通りに動いてくれない。それで「何なんだ!」ってネガティブな感情をこじらせるという……。

小川 そういう人には、あなたの味方ですよー、大事ですよー、と基本は優しく時々厳しくトントントンと心の扉をノックし続けることが重要なんだろうね。何十年もかけて培ったアイデンティティは、なかなか変えられないだろうからな。一人でトントンし続けるのは体力的に厳しいけど、一人、二人と、力を合わせてトントンし続ける必要があるんだなと思います。

清田 うーん、なんだか過保護で理不尽な気がしなくもないけど、そうやって互いにトントンしながら変化したり学んだりしてくものなのかもね。自分自身もいろんな人にトントンしてもらってきたように思うし……。そういえば最近、長い付き合いの男友達から悩み相談を受ける機会が何度かあったのね。昔だったら想像できないようなことなんだけど、「いろいろ悩んでもモヤモヤしてるから聞いてくれ」って。

小川 清田くんだったり、周囲がトントンしていた効果が長年かけて出てきたわけだね。

清田 俺がトントンしていたかは正直わからないけど、彼らはジェンダーの問題についていろいろ悩みや葛藤を抱えていて、そういう時間の積み重ねの果てに今の彼らがあるんだなって感じた。こっちには過去のイメージを引きずってる部分もあったから、最初はちょっと気まずさみたいなものを感じてしまったんだけど(笑)、でもここで茶化したりしたらダメだなって。

小川 真面目な話を振ったときに茶化されるって、すべてを台無しにする行為だからね。

清田 一気にシャッターを閉じちゃったりするもんね……。茶化すって戸惑いや照れにふたをすることと裏表の関係だから、そこは自分の問題として向き合わないとなって。

自分と違うからと線を引く、アザーリングというアクション

小川 少し話は変わるけど、マジョリティとマイノリティとすごく関係していることばとして、マジョリティによるマイノリティ差別、偏見の文脈で使われる、「othering(アザーリング)」という表現があって。

清田 どういう意味で使われていることばなの?

小川 「他者化」とか「他人化」と訳されることばで、個人や集団を社会の模範には適合しないとラベリングする現象を意味するんだけど、「自分とはあまりにも違う」と思った対象をラベリングする行為に対して使われたりする。いわゆるステレオタイプに当てはめて嘲笑するとかもそう。

清田 なるほど。雑に分類しちゃったり、よく知らないものをひと括りにしちゃったり、そういう行為もアザーリングにあたるのかな。

小川 そうだね。たとえば、「アジア人はみんな一緒に見える」とかもアザーリングだよね。アジアだって、地理でいえば、東、東南、北、南、中央、西と区分けされるけど、それぞれに違うわけだし、見た目はアジア系だとしても生まれ育った場所がそうとは限らない。自分の身内は一人ひとり個性のある人として見るけど、自分たち以外の人はみんなひと括りにしてしまうみたいな感じ。そういう「違うグループ」の人に、「同じグループ」にいる人たちにはしないような扱いをしたり、無意識で利用してしまうみたいなことは日々起きているよね。

清田 そういうグロテスクさが、例えばSNSで炎上の原因になったりすることもよくあるよね。ちょっと前だけど、ホームレスのお兄さんと交流した一日を綴ったエッセイ記事が話題になって。最初は絶賛されていたけど、問題視する声が徐々に大きくなっていき、結果的に大きな炎上事案となった。西成という街がはらむ複雑な歴史には触れず、「異世界にお邪魔してお兄さんにご飯をおごったりしながらほっこりあたたかい非日常体験しました」という文脈だったよね。

小川 結局、地域のプロモーションをすることになって、それがジェントリフィケーション(都市において、比較的低所得者層の居住地域が再開発や文化的活動などによって活性化し、結果、地価が高騰すること)につながり、ホームレスの人たちを追い出すことになるのに。

清田 自分も大学生のとき、物見遊山みたいな気持ちで西成を訪れたことが正直あるので偉そうなことは言えないけど……アザーリングって「他者を消費する」って問題とめちゃくちゃ地続きだよね。最近、渡辺ペコさんの漫画『1122(いいふうふ)』(講談社)を読み返してたんだけど、主人公のいちこちゃんが風俗で働いていた大学生の礼君に対して、内面を知ったり関係を築いたり、そういうプロセスをお金を払うことですべてショートカットしているから、ただただその美しさを愛でていられる……みたいなことを思うシーンがあったじゃない。

小川 消費することが正当化されるもんね。癒やしにお金を払っても、そこに煩わしい人間関係は求めてない。

清田 お金で消費する権利を買うというか、思考停止できるからこそ盛り上がれる部分もあるとは思うんだけど、つながりがないとか、プロセスをすっ飛ばせるとか、アザーリングと消費ってすごく結びついてる気がして。

小川 他者化すると、消費することの心の負担は減るだろうしね。自分と関係してなくて、無意識に社会的価値が低いと感じているものだとすると。極端な話をすると、自分と同じ人間として扱うか肉の塊として扱うか、みたいなことになってしまうけど。

清田 「相手を性的消費対象としてしか見ない」みたいなことと同じ構造だよね。

小川 アザーリングって、特によく知らない存在に対してすごく無自覚でやってしまっていることのような気がして。だからこそ、いろんなバックグラウンドの人と対話して、相手を知ることから、自分の中にある特権性だったり、ハンディキャップだったりを知って、無知がゆえの排除をできる限りしないために考え続けたいものだよね。

クリエイターの紹介

清田隆之

文筆家

恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。
1980年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。著書に『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)。7月2日に新刊『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)が発売された。
イラスト/オザキエミ
https://twitter.com/momoyama_radio

小川知子

ライター

1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216
https://twitter.com/tometomato

中村桃子

イラストレーター

1991年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ヴィジュアルデザイン科卒業。グラフィックデザイン事務所を経てイラストレーターにとして活動。装画、雑誌、音楽、アパレルブランドのテキスタイルなど。作品集に『HEAVEN』がある。
https://www.instagram.com/nakamuramomoko_ill/

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