「恋愛とことば」をテーマにした連載「恋する私の♡日常言語学─Ordinary Language School」。かつてオックスフォード大学で哲学を学ぶ人々を中心に「日常言語の分析が哲学者の中心課題だとする方法意識」という思考のもとうまれた「Ordinary Language School」(日本大百科全書より)。この思考にヒントを得て、数々の恋愛話を傾聴してきた恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之と、『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)の選者も務め、人から話を聞くことを専門とするライターの小川知子が、恋愛においての「ことば」をめぐる諸問題について語り合います。
意中の人や恋人となんだか上手くコミュニケーションが取れなかったり、すれ違いに悩んでいるあなた! その原因は「ことば」にあるかもしれません!
vol.9 「生理のシスターフッド」と男性たちの無理解
生理にまつわる語彙や表現の豊富さ
清田隆之(以下清田) 新型コロナウイルスの影響でマスクが店頭から消えて久しいけど、一時期ドラッグストアでは生理用品も品薄になったらしいのね。どうやら転売目的の買い占めが一因だったようで、ツイッターで女性アカウントが「ナプキン買い占めて転売してる男のお股から出血がありますように」とつぶやいていた。
小川知子(以下小川) 清田くんにリンクを送ってもらったけど、ものすごくバズってたよね。
清田 13万近くいいねされてた。生活必需品を買い占める転売ヤーは本当に滅んで欲しいけど、このツイートでおもしろかったのは、ツリーに女性たちからの呪詛(じゅそ)の言葉が大量に連なってたことで。「お気に入りのズボンが汚れますように」とか、「足もむくんで些細なことでイライラしますように」とか、「お股かぶれてモヤモヤしますように」とか……。「動いた瞬間ドバッときますように」や「この世の終わりほど落ち込みますように」なんて声もあった。
小川 どれもよくわかる(笑)。私も同じような経験したことあるし。
清田 坂元裕二さんの書くセリフみたいでつい笑ってしまった。一方で知らないこともたくさんあって、例えば「ずっと2日目でありますように!!」というつぶやきに1700以上のいいねがついていたんだけど、最初その意味が全然わからなくて。
小川 あ〜、なるほど。一般的に生理って2日目とか3日目に最も重いとされていて、経血量が多かったり、生理痛がひどかったりするから。もちろん個人差はあるけど、女性の間ではあるあるだと思う。
清田 そんなツリーを見ながら、「生理にまつわる語彙や表現ってこんなに豊富なのか」と思わず驚いてしまった。あと、大喜利みたいに盛り上がってる感じもすごく興味深かった。
小川 女だけにわかる「生理のシスターフッド」みたいなものがあるんだよ。例えば飲み会中にいつの間にか経血が漏れちゃってて、女友達に耳打ちすると、まわりの男性に気づかれないよう「大丈夫だよここやっておくから」と言ってくれたり、「おしぼりくださーい」ってしれっと助けてくれたりする。突然生理になっても、持ってる人がサッとナプキンをくれたり、ズボンに染みちゃったときは上からかけるものをさり気なく貸してくれたりね。そういうことはある。
清田 優しさに満ちた連携プレーだ……すごい。
小川 最近また『SEX AND THE CITY』をシーズン1から観直してるんだけど、キャリーたちがなかなか席の取れない話題のレストランに行くエピソードがあるのね。最初、サマンサが案内係の女の子に「私はそこそこ有名なの」とセレブ感をアピールして案内してもらおうとするんだけど、全然聞いてもらえないわけ。ところが、別日にキャリーがお店のトイレで鉢合わせた彼女に「タンポンある?」と聞かれて、タンポンを貸してあげたことをきっかけに、そのレストランでキャリーたちは顔パスになるの。痛みを分かち合い、互いに助け合うことで連帯するシスターフッドは、ずーっと前から描かれてきたんだなと改めて思った。
清田 相手の気持ちや状態がよくわかるから、とっさに手助けができるんだろうね。そういう「身体感覚のエンパシー」みたいなものって、我々男にはどのくらいあるんだろう……。
「いま生理だから」が意味するものとは
清田 生理をめぐる男女のすれ違いエピソードは桃山商事でもたくさん聞いてきたけど、そのほとんどは男性側の無知や無理解によって生じたものだった。ラジオの企画でもいろんな男性にアンケート調査をしたことがあって、その結果は正直ひどいものだった……。というのも、ほとんどの男性が生理を「セックス」か「不機嫌」の文脈でしか捉えていなくて。
小川 それは例えばどういうこと?
清田 「女性の生理についてどう考えていますか?」という質問に対し、「セックスできない日」と「女性の機嫌が悪くなる日」って答えがすごく多くて、よりやばいものになると「中で出しても大丈夫」「女子がセックスを断る言い訳」「対応が面倒くさい」なんて声もあって……。
小川 わー、それは絶望的だ。
清田 とはいえ、自分も中高6年間を男子校で過ごしたこともあって、生理に関する知識は本当に皆無だった。アンケートに答えてくれた男性たちと認識は同レベルだったし、たまたまこういう活動をしていたことで自分がいかに無知だったかを自覚するに至ったけど、今だってどのくらい理解できているかは正直自信が持てない。
小川 エンタメにおける生理の扱われ方を見ていると、かなり昔は「女の子の日」とか「アンネ」とか言ってたのが、そういう婉曲的な表現を使うフェーズも終わって、すでに「いま生理なの」と公にすることは恥ずかしいことではないというところまで女性は進んでる気がする。
清田 女性たちが多様な生理ケアを選択できる社会を目指すソフィの「#NoBagForMe」プロジェクトとか、社会的にも様々な取り組みが話題になってるもんね。
小川 私も女友達と生理の話をよくしてる。「最近は出血の量が減ってる」とか、「やばい、ちょっと漏れたかも」とか、「左右の卵巣によって重さが変わるよね」とか。女同士のグループLINEだと、そういう話は当たり前にするかな。
清田 そうなんだね。そこは男子にとって知られざる世界って感じがする。ちなみに恋人とかにも生理の話ってしたりするもの?
小川 「いま生理だから」ってことはわりと伝えるかも。私は腹痛はあまりないんだけど、イライラしたり眠くなったりするタイプで、いろんなことが面倒くさくなってしまう。返信も遅くなるし、基本的に放っておいて欲しいなと思うから、一応エクスキューズとして「いま私、攻撃性の高いシーズンなので」とメッセージを伝えておいたほうが誤解は減るかなって。
清田 なるほど。「とげとげしちゃうかもしれないけど、それは生理の影響であって、あなたに怒ってるわけではないですよ」ってことを共有しておく。「いま生理だから」はコミュニケーション上の予防策でもあるわけだね。
小川 そのほうが揉めないし楽というか。ただ「いつものそれね」で片付けられちゃうのも、それはそれでイラっとしたり(笑)。生理のときは冷静さに欠けてしまいがちだから、自覚してたとしてもコントロールするのが難しくて。10代の頃とかはまだタブー感があってこういう話はできなかったけど、すれ違いとかいろいろ経験をして、やっぱちゃんと言わなきゃなって大人になるについれて思ったんだよね。
「知りたくない」と「話したくない」の利害が一致?
清田 妻はPMS(月経前症候群)でメンタルが絶不調になるタイプみたいなのね。そのことを知る前は「なんかこの人、ときどきよくわからない理由でブチ切れたり長時間帰ってこなかったりってことがあるな……」と疑問に思っていたんだけど、あるとき彼女からPMSのことを打ち明けられ、なるほどって納得したことがあって。
小川 しばらく帰ってこないというのは物理的な隔離状態を作ってるんだと思う。私も似たような行動をとる傾向がある。ただ、生理による症状って体調や年齢、ストレス状況によっていろいろ変化するし、個人差があるから、一概にこういうものだとは言えないのが難しいところで。私の場合、最近ちょっと生理前に鬱っぽいというか、何もやりたくないしできる気もしない……みたいな気持ちになることが増えてきたんだよね。無能感というか、虫ケラ感というか。
清田 虫ケラ感……。
小川 自分の中にはこれまであまりない感情だったし、PMSだとしてもメンタルが不安定すぎだなと思って調べてみたところ、「PMDD(月経前不快気分障害)」というもののチェックリストにすごく当てはまって、これなんじゃないかと思ったのね。友達にそのことを話したら「私も!」ってなって、彼女はそれを「くよくよ病」と呼んでいたんだけど。
清田 PMDDということばは初めて知った。PMSよりも重いものがあるんだね……。我々男には、そうやって身体の状態を表現する語彙があまりないような気がする。
小川 サブカル男は40歳あたりで鬱になるのは本当かどうか吉田豪さんもインタビューで検証してたけど、男の人は体調とかメンタルのサイクル・バイオリズムってないものなの?
清田 例えば仕事でうまくいかないことが続いてとか、気がかりなことが増えてとか、体力が落ちてエネルギーがわかなくてとか、そういうことでやたらネガティブになったりするのはあると思う。でも、それを例えば体調のサイクルとかホルモンのバランスとか、そういう「身体的な生理現象」の影響としてはあまり捉えないんじゃないかな。実際には加齢やバイオリズムの影響だってあるはずなのに、男性には身体の中で起きている変化を感知したり、それらを言語化したりする習慣がほとんどないように感じる。
小川 なるほど……そこは男女で結構異なるところかもね。女性のほうが自分を説明することばを持っているような気もするし。
清田 そうだと思う。身体の問題に鈍感なことと、生理に対する無知や無理解は、根底のところでつながっているんじゃないか……。生理にまつわるすれ違いって、知識やコミュニケーションの問題であると同時に「ことばの問題」でもあるんだね。身体のことにまつわる語彙が少ないから、女性たちの話をリアリティを持って理解できない。男性側から身体感覚のエンパシーやシスターフッドみたいな連帯意識が生まれないのもそれと無関係ではないような気がする。
小川 私自身、つまり女性側として男性側に伝える努力が若い頃は不足していたなと反省するところもあると思っていて。男性が生理を体感的に理解するのは不可能なわけで、もっといろいろ話していかないとなって思った。もっとも、生理のことを理解したい男性がどれくらいいるかわからないし、女性側も女性側で積極的に話したいわけではないかもしれないから、ある意味で利害が一致してしまって、お互い知らないままで来ちゃったのかなという感じもするんだけど。
清田 以前、テーブルの上に生理用ナプキンを置いてたら、遊びにきた彼氏から「マジ萎えるからやめて」ってキレられた女性の話を聞いたことがある。「萎えるってなんだよ……」と思う一方、女性に身勝手な幻想を抱いたり、血やニオイを始めとする生々しいものが苦手だったりする感性が、生理に対する忌避感みたいなものにつながってるのかなと想像する。これは決してその彼氏に特有のことではなく、一定数の男性の中に根づいている感覚だと思うので、広く「ジェンダー」の問題として考えていけたらと個人的には思ってる。
小川 マイク・ミルズ監督の映画『20センチュリー・ウーマン』に、20代半ばの女性がパーティの席で「生理中」と言うシーンがあって、30歳ほど年上の女性にそれを咎められたことでキレて、そこにいた男性陣に「menstruation(月経)!」って正しい発音で復唱させるシーンがあるのね。あれはマイク・ミルズの妻ミランダ・ジュライが、「男も恥ずかしがらずに “生理” と言えるくらいじゃないとダメ」と兄に言っていたというエピソードが元になってるんだって。ナプキンで萎えた彼氏にも「menstruation!」って叫ばせたいね(笑)。
清田 主人公の男子が身近な女性たちとの交流を通じ、ジェンダー観をアップデートさせていくという……とても素晴らしい映画だったね。
小川 映画で言うと、まだ生理用ナプキンが浸透していなかった2000年代のインドで、貧しくて不衛生な布で処置をしている妻の健康を案じた夫が、清潔で安価なナプキン開発に乗り出すという実話が元ネタの映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』も名作。実際に試作したナプキンを自分で試着したりするんだけど、女性からも男性からも変人扱いされてしまうという。こういった生々しくなりすぎないエンタメを男女でシェアしながら、生理にまつわる溝を徐々に埋めていけたらいいよね。