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恋する私の♡日常言語学

2021.12.18

恋する私の♡日常言語学【vol.18】ジェンダー観の「アップデート」はとても大事……ではあるけれど

文/清田隆之(「桃山商事」代表)

協力/小川知子

イラスト/中村桃子

「恋愛とことば」をテーマにした連載「恋する私の♡日常言語学─Ordinary Language School」。かつてオックスフォード大学で哲学を学ぶ人々を中心に「日常言語の分析が哲学者の中心課題だとする方法意識」という思考のもとうまれた「Ordinary Language School」(日本大百科全書より)。この思考にヒントを得て、数々の恋愛話を傾聴してきた恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之と、『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)の選者も務め、人から話を聞くことを専門とするライターの小川知子が、恋愛においての「ことば」をめぐる諸問題について語り合います。
 意中の人や恋人となんだか上手くコミュニケーションが取れなかったり、すれ違いに悩んでいるあなた! その原因は「ことば」にあるかもしれません!

 

 

アップデートということばに宿る危うさや暴力性

清田隆之(以下清田) ここ数年「男性性」とか「男らしさ」の問題に関心を抱いていて、書き手としてもテーマにすることが多いのだけど、その文脈でよく出てくるのが「アップデート」ということばなのね。#MeTooムーブメントや是正されないジェンダー格差、政治家や著名人の女性蔑視発言や度重なる広告炎上などを受け、とりわけ男性に対して「ジェンダー観のアップデート」を求める風潮が年々強まっている。

小川知子(以下小川) 清田くんの著書『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)や『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)にも書かれていたことだよね。

清田 この社会が男性優位な構造になっていることは間違いないし、桃山商事の活動でも「男女で見えている世界が違うかも……」と感じる瞬間が多々ある。だから無知や無自覚な部分も含め、とりわけ男性は自分の中に染みついている価値観を見つめ直していくことが大事だなって。

小川 私も以前はアップデートするとか更新するということを、わりとポジティブな意味合いで使っていたと思う。でも、ひとたび「いいことば」という認識が広がっていくと、次第に「誰もがアップデートすべし」みたいな、押しつけやプレッシャーのニュアンスが宿ってしまうことが往々にしてあるじゃない?

清田 そうなのよ。実際に最近はSNSでも批判的な文脈で語られるケースが増えていて。例えば「他者に価値観の更新を迫るのは乱暴」とか「アップデート済みの人/古い価値観の人という暴力的な線引きを生みかねない」とか、あるいは「表面的なアップデートでは意味がない」とか、そういった意見を見るにつけ、自分はアップデートということばをわりと無邪気に使っていたかもな……と反省する部分があった。

小川 なるほど。もちろんジェンダーの問題を見つめ直す必要性は男性だけに限った話ではなく、例えばこの連載でも「呼び名」をテーマにしたことがあったよね(Vol.12)。「奥さん」とか「旦那さん」とか、そこに内包されている意味を思うともう使わないようにしようとなるけど、それに気づく前は特に意識せずに出てしまうことばだった気がするし。

清田 意識が変わって自然と使わなくなることもあるし、誰かに指摘されて「あっ!」ってなるときもあったりするよね。

小川 世代でくくるのは雑だとは思うものの、若い人たちが聞いたら凍りつくような性差別発言を平気でしてしまう年配者は少なからずいて、冷静に旧来的な価値観の問い直しをしたほうがいいのでは思うケースも正直ある。と同時に暴力的にも成り得ることばをすべて一様の正しさという基準で取り締まって攻撃する行為は、それはそれでどうなんだという気もして。もちろん、「あなたたちは価値観をアップデートすべきです」みたいな物言いがあったとして、それが疑問視されるのはすごくわかるけれど。

清田 難しいところだよね……。ジェンダー観を見つめ直すことはやっぱり大事だと思うし、そういう変化によって無自覚の差別や抑圧を少しでも減らしていけたらいいなと思う。でも一方で、アップデートということばには危うさや暴力性がつきまとうことも確かで、これをどう考えていけばよいのかわからずモヤモヤしている……というのがここで取り上げてみたいと思った理由で。

ビジネスとの相性がいいマーケティングワード

小川 「Update」って、最新情報だったり、古い仕様を現代的に変更するという意味の英語だけど、たぶんコンピューターのファイルやデータやOS(オペレーション・システム)を更新する意味で多く知られたことばだよね。書き換えたり機能を追加したり不具合を取り除いたりしながらその時点の最新バージョンに変えていく、みたいなイメージ。

清田 そうだよね。そこから広がって、問題のある行動や発言を正しましょうとか、時代に合わなくなった考え方を変えていきましょうとか、そういうふうな使われ方をするようになった。そういう意味ではジェンダーの文脈で、特に男性に対して使われることが多いのもなんだかわかるなという気もする。

小川 ただ、人をジャッジすることばにもなってしまっているんだよね。さっきも言ったように、基本的には「アップデート=善」という前提で語られるだろうから、それができている人/できていない人、しようとしている人/していない人という分断が生じてしまう。パソコンやスマホならなんとも思わないけど、人に対して使われた途端にモヤモヤが生じるのはよくわかる。

清田 あと、「古いものを新しくする」ってビジネスと相性がいいじゃない? イメージとしてもポジティブだし、経済を動かす力もあるし。我々もメディアの仕事をしているけど、そこでは「新しい」ってだけでひとつの価値になったりする。だから取り上げやすいし、いろんな文脈にも乗りやすい。そういう側面があるから盛んに叫ばれているのかもしれない。

小川 ここまで「更新」をアップデートの日本語訳として使ってきたけど、日常生活で日本語の更新という文字を目にするときって、パスポート、免許、雇用関係の更新とか、期間以外は変わらずに“現状維持”ってニュアンスを感じること多くない? 元々は前の状態を改めたり、すっかり新しく変わるという意味を持っているにも関わらず。

清田 確かにそうだね。

小川 だからこれは、ある種のマーケティングワードみたいなところがあるのかもしれない。みんなを振り向かせるための作戦、というか。英語にすることで日本語に貼り付いたニュアンスを引き剥がし、伝えたい意味がよりストレートに届くこともあるから。まあ、横文字だとちょっとだけ見栄えがよくなるからという意識がある人たちが使っている場合も多いとは思うけど(笑)。

清田 少し話はそれるけど、横文字の話で言うと最近「コンフリクト」ってことばをいいなと思っていて。これは葛藤とか衝突とか対立とか軋轢とかそういうものを意味することばなんだけど、それぞれの訳語だけでは表せない、幅の広いニュアンスを含むことばだと感じる。例えば新しいものとか異なっているものがあったとして、そこに摩擦が生じて少しずつ形が変わって、ストレスもかかるんだけど段々と落ち着いたり馴染んだりしていく……みたいなイメージを表現できることばだなって。

小川 確かに横文字にはイメージを限定して伝えられる側面もあるし、反対に限定しないからこそ幅広い意味を表せるって側面もあるよね。

清田 そういう意味ではあれなのかな、アップデートということばが広く使われるようになり、今まさにさまざまなコンフリクトが発生している状態なのかもしれない。それによってことばの意味やニュアンスが変化していく部分もあるだろうし、それを使う我々や社会の側にも変化が生じている真っ最中、みたいな。

そもそも変化って“劇的”なものなの?

小川 価値観や感覚ってOSのように簡単にアップデートできるものじゃないよね。自分の中に凝り固まった何かに気づき、そこに存在する問題点についてしっかり受け止めて、考え、納得するという過程って、恥や傷も含めて見つめなきゃいけない行為でもあるし、時間とエネルギーをすごく費やす必要があるから。

清田 それこそめちゃくちゃコンフリクトが発生するもんね……。

小川 アップデートと合わせて必ずコンフリクト使いたい人みたいになってるけど(笑)。変わるって大変だから。それをわかっているから、簡単にアップデートと言ってしまうことを疑問視し始めたというのもあるかもしれない。

清田 それに、価値観や思想信条にはその人固有のライフヒストリーが関与しているはずで、そこに存在する複雑な背景を無視して更新を迫るってのも暴力的なことだもんね……。ちなみに小川さんは自分がアップデートしたなと感じた経験とかってある?

小川 自分が新しく変化した経験ってこと?

清田 そうそう。自分の場合で言えば、20代の後半くらいに明らかにコミュニケーションの仕方が変わったなってときがあって。それまでは本当にしゃべってばかりの人間だったのが、桃山商事でいろんな人の恋愛相談に乗る中で「話を聞くこと」の重要性を痛感し、聞き手にまわるケースが増えた。あと、『よかれと思ってやったのに』と『さよなら、俺たち』の2冊は、様々なケーススタディを通じてジェンダー観を問い直していった本ではあると思う。って、「俺はアップデート済みの男だぜ」と言いたいわけでは本当にないんだけど……。

小川 うーん、正直私はないかも。もちろん、誰かとおしゃべりしたり、違いに触れたりする中で、これはすごい、おもしろい、興奮する!とかなって、それで私の息苦しさが減ったり楽になったり、新しい回路や思想に出合ったと感じる瞬間はたくさんあるけどね。

清田 そうか、そうだよね。自分の中にはどこかアップデートを劇的な変化のように捉えている節があったかも。でも変化ってもっと小さくて細かくて、行ったり来たりしながら起きていることのほうが実態に近いもんね。“劇的な変化”ってイメージそのものに男性的な何かを感じる……。

小川 なるほど。まあでも、何かにモヤモヤして、それをこうしておしゃべりできることが私にとってすごく大事だな。一つの正解を見つけるのではなくて、私自身の中にあることばの意味、イメージ、偏見の輪郭が、いろんな他者との違いを確かめることで浮かび上がってくるじゃない。だから、「ん?」って思ったことについて少しずつモヤモヤを解消していく行為自体が、アップデートに近いのかもしれない。

清田 確かに。モヤモヤするってある意味「不具合を発見する」とか「バグに気づく」みたいなことだもんね。考えたりおしゃべりしたりすることでその輪郭をハッキリさせ、「なるほど、そうだったのか」って、新たな視野がひらけていく感じはいいものだなって思う。

小川 ことばは生き物だから、質や中身、使われ方や受け取られ方が常に変化していく。だからこそ時代や状況に合わせて問い直したり、それこそ意味をアップデートしていく必要に迫られたりもするよね。でも、そういう生きたことばを扱うコミュニケーションを、ハラハラドキドキしながら、慎重にときに大胆に楽しみたいものだよね。

清田隆之

文筆家

恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。
1980年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。著書に『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(イースト・プレス)、『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)、『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)、澁谷知美さんとの共編著『どうして男はそうなんだろうか会議 いろいろ語り合って見えてきた「これからの男」のこと』(筑摩書房)がある。近著に『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門~暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信~』(朝日出版社)、文庫版『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(双葉社)がある。
イラスト/オザキエミ
https://twitter.com/momoyama_radio

小川知子

ライター

1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216
https://twitter.com/tometomato

中村桃子

イラストレーター

1991年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ヴィジュアルデザイン科卒業。グラフィックデザイン事務所を経てイラストレーターにとして活動。装画、雑誌、音楽、アパレルブランドのテキスタイルなど。作品集に『HEAVEN』がある。
https://www.instagram.com/nakamuramomoko_ill/