森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。
時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。
現代銀座考 :XVI 空也餅と『吾輩は猫である』
銀座6丁目並木通りの空也(*)といえば、最中が有名ですが、毎年11月と1月半ばから2月半ばまでの期間限定で、空也餅という、餅菓子を買うことができます。空也餅は、夏目漱石の『吾輩は猫である』で、以下のように述べられていることでも知られています。
「主人はまたやられたと思いながら何も云わずに空也餅
≪くうやもち≫を頬張≪ほおば≫って口をもごもご云わしている。」
「『こりゃ面白い』と迷亭も空也餅を頬張る。」
店内には、野上弥生子の筆による「空也」という書があるので、漱石の門人だった野上弥生子も、きっと『吾輩は猫である』の空也餅の記述を読んだことでしょう。
ところで、『吾輩は猫である』が最初に世に出たのは、正岡子規が主宰した雑誌『ホトトギス』(1897年刊行開始)の連載においてでした。私は、ふと空也餅が登場する『ホトトギス』が気になりました。どの号に掲載されたのか、そしてそれはどんな装幀だったのかと。
ネットでしらべてみると、国立国会図書館にオリジナルが所蔵されていることがわかりました。ただネット上では、誌面を公開していないので、やはり現地に行く必要があります。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、国会図書館も入場が制限され、予約制になっていました。
数日後、自転車で晴海通りから内堀通りに出て、永田町の国立国会図書館に向かった私は、窓口でオリジナルの『ホトトギス』を申請しました。すると、貴重書籍のため、館内の端末でデジタル資料を閲覧してほしいとのこと。空也餅というワードで、該当ページを検索することができないので、クリックして画面でページを読んでいくことに。デジタルとアナログが融合した調査になりました。連載の始まった1905年(明治38年)の誌面を端末で読んでいると、上掲の空也餅の記述は、同年2月10日発行『ホトトギス』第8巻5号33ページに、しっかりと印字してありました。上掲とあわせて5つの空也餅の記述を見つけることができました。
また、誌面には、全国の『ホトトギス』販売所が紹介されていて、銀座では、服部書店が販売所になっていました。銀座の服部書店といえば、名前に見覚えがあります。『吾輩は猫である』の単行本の初版を出版した版元の一つ、服部書店ではありませんか。当時の地図で服部書店の住所をしらべると、京橋区銀座2丁目9番地、現在のブルガリタワー付近にありました。
1905年2月に『吾輩は猫である』で空也餅の記述を読んだ人をおもいながら、2020年11月のある日、私も、6個入り箱詰の空也餅を求めました。購入するには予約が必須ですが、ぜひ味わってください。爽やかな甘さの餡に、夏目漱石が好んだ甘味を実感できます。
中央区銀座6-7-19