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現代銀座考

2022.09.20

銀座バラード #4 「資生堂パーラーのオムライス」

写真/石内 都

文/森岡督行

 銀座の特徴のひとつに、ひとつのものを突き詰めるという点があります。その分野で、どうしたら人々にもっと喜んでもらえるのか。確立された技術を伝承し、且つ、常に最良の方法を探りながら切磋琢磨している。テイラーであったり、靴であったり。寿司であったり、天麩羅であったり。或いは、舞台であったり、デザインであったり。その集合体を銀座と言ってもよいくらいです。

 今回はそのひとつとしてオムライスを紹介したいと思います。え、オムライス。 はい、オムライス。オムライスを突き詰めるとどうなるか。私は資生堂パーラー銀座本店のオムライスにその答えを求めます。もちろん、美味しいオムライスは資生堂パーラーだけではありません。でも資生堂パーラーのオムライスには特筆すべきものがあります。卵の肌理(きめ)が細かいのです。

 肌理が細かいと言えば、石内都には人肌のようにものを撮る写真家という側面があり、いまこうして、仕上がった写真を見ても、オムライスの卵の肌理の細かさが伝わってきます。料理をつくることを趣味にしている石内は、このオムライスを前にして次のように述べました。
「卵をこんなふうに焼くのは大変」。

 資生堂パーラー銀座本店のシェフにつくり方を訊いてみると、ひとつのオムライスには厳選した卵を3個用いるそうです。大切なのは、事前に濾して質感を整えること。難しいのは、かたすぎず柔らかすぎないようにする温度調整。オムライスづくりを任せられるようになるまで、なんと3年から5年の時間がかかります。

 

 撮影を終えた後、私たちはオムライスを食べずにはいられませんでした。着席して、スプーンですくって、ひとくち、ふたくち。トマトピューレをベースとしてつくられた赤いソース。チキンライスの安定した風味とマッシュルームの歯ごたえ。揚げたパセリの苦味と食感。ほのかに香るバターの香り。ひとくちごとに味わいが変わっていきます。
 均整のとれたかたちが混沌に変わっていくまでに要した時間はほんの数分。つまり、先ほどのシェフの話を参照すると、考えようによっては、この数分の背後に数年単位の時間があるということ。資生堂パーラーのオムライスは、このような時間の感覚も銀座の特徴であるということを証明しています。

*資生堂パーラー 銀座本店レストラン/1902年、資生堂薬局の一角でソーダ水や当時まだ珍しかったアイスクリームの製造と販売を開始。日本初となるソーダファウンテンの開設がのちの資生堂パーラーのはじまり。今年、創業120周年を迎えた。
https://parlour.shiseido.co.jp/ginza/index.html
「現代銀座考」の第2章となる「銀座バラード」は、モノの記憶を写し出す石内都さんの写真から、森岡督行さんが物語を紡ぎます。
銀座にまつわるさまざまなモノから見えてくる、銀座の、石内さんの、そしてあなたの物語です。

石内 都

フォトグラファー

1947年、群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。1979年に「Apartment」で女性写真家として初めて第4 回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。07年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、13年紫綬褒章受章。14年にはハッセルブラッド国際写真賞を受賞。
05年、ハウスオブシセイドウにて「永遠なる薔薇 — 石内 都の写真と共に」展、16年の資生堂ギャラリーにて「Frida is」展を開催した。

森岡 督行

1974年山形県生まれ。森岡書店代表。文筆家。『800日間銀座一周』(文春文庫)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)など著書多数。
キュレーターとしても活動し、聖心女子大学と共同した展示シリーズの第二期となる「子どもと放射線」を、2023年10月30日から2024年4月22日まで開催する。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja