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現代銀座考

2022.08.23

銀座バラード #3 「寿司幸本店の蛸引き包丁」

写真/石内 都

文/森岡督行

 石内都は自然光で写真を撮ることを信条としていますが、これまで撮影するとき、雨が降ったことはなかったといいます。いわゆる「晴れ女」を自認していて、天気に関して心配していませんでした。しかし、撮影当日の天候は朝から雨。晴れ間が見えるどころか、徐々に大雨になっていったのです。撮影するときに光がどれくらいあるかは、写真のイメージを左右する大切な要素です。銀座の空を分厚くおおう雨雲を見た私はこう思いました。「晴れてほしい」と。

 そんななか、「蛸引き包丁」を携えた銀座 寿司幸本店の杉山衛さんが、撮影場所の資生堂銀座ビルに来てくださいました。寿司幸本店は銀座6丁目外堀通りの西側、資生堂銀座ビルは銀座7丁目外濠通りの東側。こちらから取りにうかがいたいと申し出ましたが、「ものがものだから」と、雨のなか運んでくださいました。「蛸引き包丁」はあまり聞き慣れない名前ですが、寿司幸本店では、明治18年に創業したときから、交換しつつ、使い続けている包丁です。刺身を切る際に刃を往復すると素材の切断面が傷み、光沢がなくなってしまいます。そのため「蛸引き包丁」は、一方向に引き切ることができるよう刃渡りが長くなっています。杉山衛さんは寿司幸の4代目にあたります。「蛸引き包丁」は130年以上の長きにわたって寿司幸本店の寿司の美しさを支えてきました。

 杉山さんによると、かつての寿司屋は、年末年始に休む程度で、あとはずっとお客様を迎えていたそうです。しかし例外があって、それは大雨が降り続いたとき。往時の魚河岸は土間だったので雨が降るとぬかるみになり、そのため取引が中止になる。お魚の仕入れがなくなる寿司屋も自ずと休みになるというわけで。

 考えてみれば、一つの寿司の背後には、たくさんの道具があります。「蛸引き包丁」も寿司の善し悪しを左右する大切な道具ですが、なかなか日の目をみない道具でもあります。現代の寿司幸本店は雨だからといって休みにはなりません。しかし、本来的に現場から包丁を手放してもよい日といえば、それは雨の日となるのではないでしょうか。石内の撮った写真を見ると、雨雲を通した光が、刃に反射したのは確かなこと。写真には、この日だけは、晴れて、主役になった「蛸引き包丁」の姿がありました。

*銀座 寿司幸本店/1885(明治18)年創業、130余年続く老舗寿司店。革新を重ねつつ、江戸前の仕事を継承し続けている。杉山衛さんは4代目の主人。
http://https://gawh001.gorp.jp/
「現代銀座考」の第2章となる「銀座バラード」は、モノの記憶を写し出す石内都さんの写真から、森岡督行さんが物語を紡ぎます。
銀座にまつわるさまざまなモノから見えてくる、銀座の、石内さんの、そしてあなたの物語です。

石内 都

フォトグラファー

1947年、群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。1979年に「Apartment」で女性写真家として初めて第4 回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。07年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、13年紫綬褒章受章。14年にはハッセルブラッド国際写真賞を受賞。
05年、ハウスオブシセイドウにて「永遠なる薔薇 — 石内 都の写真と共に」展、16年の資生堂ギャラリーにて「Frida is」展を開催した。
2022年10月6日(木)~11月11日(金)まで、津田塾大学津田梅子記念交流館にて、「石内都 in Tsudajyuku ーー女たちのポリフォニー」展が開催される。本展では、広島の被爆者遺品を撮影した「ひろしま」作品を中心に、フリーダ・カーロの遺品シリーズ、自身の母親の遺品を撮影した「Mother’s」の3シリーズが展示される。
https://www.tsuda.ac.jp/

森岡 督行

店主

1974年、山形県生まれ。森岡書店代表。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800日間銀座一週』(文春文庫)などがある。共著の絵本『ライオンごうのたび』(あかね書房)が全国学校図書館協議会が選ぶ「2022えほん50」に選ばれた。現在、小学館「小説丸」にて『銀座で一番小さな書店』を連載中。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja