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現代銀座考

2022.06.28

銀座バラード #1「香水 花椿」

写真/石内 都

文/森岡督行

 この写真を見ていると、香水瓶なのに、どこか、ひとりの人の姿のように見えてきます。いったい誰でしょうかね。私なら、この香水瓶を世に送り出した人、福原信三と答えたくなります。信三がこの香水瓶、つまり「香水 花椿」を売りに出したのは1917年。今から100年以上もむかし。資生堂初の本格的香水でした。信三は、持てる力のすべてを投入したのではないでしょうか。時を超えて、写真の彼方から、そのときの気持ちが伝わってきます。

 そもそも椿の花には、特殊な園芸品種を除いて、人間が感じとれるほどの芳香はないそうです。しかがって「香水 花椿」(*)は椿の香りをイメージして創作されました。この香水瓶の要は、下部に配置された椿の資生堂のマークでしょう。現在は馴染みのあるマークですが、当時はまだ、前年の1916年に生まれたばかり。信三のスケッチをもとにがデザインされました。結婚前の夫人と共に、椿の花と葉を水盤に浮かべて描いたとされています。椿を基調にした理由は、「香油花椿」という髪油が人気を博していたことや、信三が椿の花が好きだったこと、それに、その花に女性らしさが感じられるから。椿の花言葉は「理想の愛」。もしかしたら、信三はこの花言葉から香りをイメージした。そんなふうに考えたくもなります。

 一方、石内都は、資生堂に縁があり、銀座で二つの写真展を開催しています。一つは、2005年のハウス オブ シセイドウでの「永遠なる薔薇 — 石内 都の写真と共に」。この展覧会で石内は、香水の原料にも用いられる薔薇を、生きようとするものの最期の姿として、また再生する姿として、その美しさをマチエールにしました。あたかも皮膚のように。
 もう一つは、2016年の資生堂ギャラリーでの「石内都展 Frida is」。この展覧会では、フリーダ・カーロの遺品を写した写真を展示しました。遺品にそっと触れるようなシリーズは、彼女の『愛と痛み』に少しでも近づく試みと言っていいでしょう。遺品のなかには薬のガラス瓶もありました。

 もちろん、信三には資生堂の社長という顔の他に、写真家という顔がありました。信三は、自らの美意識を、商品や写真にして伝えようとしたのです。この香水瓶はその最たるものでしょう。写真の彼方から伝わってきた気持ちとは、信三の残した「商品をしてすべてを語らしめよ」という哲学。すなわち、100年以上の時間に左右されないデザイン。この哲学は、資生堂だけでなく、銀座の繊細な仕事にも通じているようです。

*香水 花椿/1917年(大正5年)初代社長の福原信三によって、「香油花椿」の香りを基調に、椿の花の持つ重みと甘い香りとを調和させ、資生堂初の本格的香水として誕生した。ボトルデザインは、大正当時の西欧のモダニズムに日本的感覚を盛り込んだ重厚な意匠が特徴的。資生堂フレグランスの原点ともいえる香水。
「現代銀座考」の第2章となる「銀座バラード」は、モノの記憶を写し出す石内都さんの写真から、森岡督行さんが物語を紡ぎます。
銀座にまつわるさまざまなモノから見えてくる、銀座の、石内さんの、そしてあなたの物語です。

石内 都

フォトグラファー

1947年、群馬県桐生市生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。1979年に「Apartment」で女性写真家として初めて第4 回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。07年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価され、13年紫綬褒章受章。14年にはハッセルブラッド国際写真賞を受賞。
05年、ハウスオブシセイドウにて「永遠なる薔薇 — 石内 都の写真と共に」展、16年の資生堂ギャラリーにて「Frida is」展を開催した。
12月1日(木)~2023年3月26日(日)まで開催の「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」にて、「Moving Away」と「Yokohama Days」の作品が展示される。
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/roppongicrossing2022/index.html

森岡 督行

店主

1974年、山形県生まれ。森岡書店代表。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800日間銀座一週』(文春文庫)などがある。共著の絵本『ライオンごうのたび』(あかね書房)が全国学校図書館協議会が選ぶ「2022えほん50」に選ばれた。現在、小学館「小説丸」にて『銀座で一番小さな書店』を連載中。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja