森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。
現代銀座考 : XXXV
京都と銀座とモランディ
ある年の晩秋の夜、私は、「京都に行ったら訪れるとよい」と教えてもらっていたバーを探して、京都の三条通りを歩いていました。その日は、風が強く、きりっとした冷たさが伝わってきました。赤レンガの壁に、「酒陶柳野」という表札をみつけて、扉を押して、敷居を跨ぐと、聞いていた通りの空間が広がっていました。お酒のボトルは木の棚の中に収納されて一本も見えず、木のテーブルの上にも何もありません。目に入ってきたのは、土壁に掛けられた、一輪の花と、一枚の絵画。絵画は金子國義でした。マスターにジントニックをたのんで、店内がシンプルな理由を尋ねると「お酒の味に集中してほしいから」とのこと。柑橘の香りのジントニックで冷えた身体が徐々にあたたまっていきました。
ジントニックを傾けながら、どれくらいで絵がかわるのか、また尋ねてみました。すると、前の週は、モランディの静物画の版画が掛かっていたそう。たしかに、この空間には、モランディの作品が似合います。何も知らなかったとして、もし、ここに何の絵を飾りたいかと問われたなら、私も、モランディと答えたでしょう。要するに、ここに座ったら、黙ってお酒を口にして、絵画とお花を見ればよいのです。
そう考えていると、マスターが奥からモランディの作品集を出してきてくれました。私はその本を見て、あっ、となりました。見覚えがあったのです。200部ほどしか出版されなかった、非常に珍しい本。かつて、私も出会ったことがあり、その一冊は、銀座並木通りの無印良品 銀座(*1)のライブラリーに収まっているはず。はず、と言うのは、私が入手した本が、巡りめぐってここに入ってきたのかと、一瞬、思ったのです。しかしページをめくり、シリアルナンバーを確認すると、番号が違っていました。
無印良品 銀座の6階には、誰でも閲覧できるライブラリーがあります。ここの本は、私を含めて、主に、3人のメンバーで選びました。美術や工芸、デザインを主なテーマとし、各々の経験と感性によって構成しました。私は「銀座」にまつわる本も担当したので、例えば、福原信三(*)の書籍『銀座』のオリジナルを選びました。この本も手軽に手に取れる機会はそうはありません。このようなライブラリーが街に開かれているのは凄いことです。
件のモランディの作品集は、MUJI GINZAの6階では、もちろん、「アート」の棚に入っています。でも私は、「銀座」の棚に置いてもよいと思っています。削ぎ落としているのに、装飾されているような静物画のイメージが、銀座にふさわしいと思うからです。もし銀座の代名詞である「粋」を絵画で喩えるよう問われたなら、私はここでも、モランディと口を開けて言うでしょう。MUJI GINZAの6階の書棚でぜひ探してみてください。引くことが強さにつながる世界が広がります。あるときは本で、あるときは空間で。
東京都中央区銀座3-3-5
*2 福原信三/1883-1948年。資生堂の創業者・福原有信の息子であり、株式会社資生堂の初代社長。