森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。
現代銀座考 : XXII 煎酒の味
先日、ある方からお土産に、銀座8丁目の金春通りにある銀座三河屋(*1)の「煎酒」をいただきました。
銀座三河屋は、元禄年間の創業。現在は、江戸時代の食文化をつたえる自然食品をおもに販売しています。「煎酒」とは、1643年(寛永20年)刊行の、日本最古の料理書といわれる『料理物語』でも紹介されている調味料です。以下のようにレシピが記述されています。
鰹(削節)一升に梅干十五(か)二十入れ、古酒二升、水ちと、たまり入れ、一升に煎じ漉し、冷やしてよし。
『料理物語』は、著者名が明記されていませんが、上方言葉で書かれているため、大阪か京都で出版されたと考えられています。試しに、神保町の某古書店に電話で在庫を確認してみると、「たまには手に入る」「ここのところ出ていない」「状態にもよるが20万~30万円」という返答でした。
当時の銀座でもこの本が販売されていたのでしょうか。時代は下って1824年(文政7年)に刊行された『江戸買物独案内』という、今でいうガイド本を見ると、芝口に、書店として「書物所新本古本・丸屋徳右衛門」があったことがわかります。芝口とは、現在も、銀座8丁目に、芝口御門跡の石碑があるように、新橋の銀座8丁目側にあった地名。
もちろん、この書店が『料理物語』を販売していたかどうかはわかりません。しかし、もし私が店主の丸屋徳右衛門なら、店頭に陳列して、「煎酒」などと一緒に売っていたことでしょう。いずれにしても、江戸時代にレシピ本が販売されていたとは驚きです。
ところで、銀座三河屋のHPには、「煎酒」をつかった料理のレシピが公開されています。「ホタテとアスパラの煎酒炒め」や「アボカドの煎酒和え」などなど。私は、「煎酒だしの鶏茶漬け」をつくってみることにしました。つくり方は簡単で以下の通り。
ささ身は酒と塩をまぶし、火を通す。冷ましたら手で細かく裂いておく。焼き海苔をちぎり、三つ葉はざく切り。ご飯をよそい、ささ身、焼き海苔、三つ葉などをそえる。熱い湯をかけ、最後に煎酒を加える。
こうなったら、ささ身も銀座で揃えてみたい。銀座松屋の地下2階にある「銀座初音」(*2)で、徳島県産の阿波尾鶏を求めました。「銀座初音」は実は創業70年以上の老舗で、良質な精肉を銀座で販売し続けています。
レシピ通りにつくって、煎酒をかけて。さあ、食べてみよう。せいので口に運ぶと、梅干しの風味と酸味が、出しの旨味に乗って広がりました。それでいて素朴。阿波尾鶏のささ身にぴったりで、今まで味わってこなかったのが悔やまれるほどです。この味が、400年前の人を虜にしたということでしょう。私も虜になりました。汁の最後の一滴まで舐め尽くして、著者の名前はわからなくとも、著者の気持ちはわかったような気がしました。
中央区銀座8-8-18
*2 銀座初音/1949年(昭和24年)創業。「正直商売」をモットーに精肉専門店を営み続け、2019年に創業70年を迎えた。
中央区銀座3-6-1 松屋銀座B2