次の記事 前の記事

現代銀座考

現代銀座考 : XXI 「いき」と銀座

2021.03.09

写真/伊藤 昊

文・イラスト/森岡督行

 森岡書店代表の森岡督行さんが、銀座の過去、現在、そして未来をつなげる新しい物語です。時の人々が集い、数々のドラマが生まれた銀座には、今もその香りが漂っています。1964年頃に銀座を撮り続けていた写真家・伊藤昊さんの写真とともに、銀座の街を旅してみましょう。

 

 

もし「いき」を英訳する必要があるなら、クールになるのかと、伝説のバー・クールを見て思う。

現代銀座考 : XXI 「いき」と銀座

 銀座は、「いきな街」と呼ばれることがありますが、「いき」とは一体どういうことなのでしょうか。

 「いき」を考える時、参照すべき本として、九鬼周造(*1)の『「いき」の構造』があげられます。まだ読んでないという方がいたら、ぜひ読んでみてください。1930年(昭和5年)に出版されたオリジナルでは、九鬼周造の硬質な文体に触れることができますが、より読みやすい、現代語訳の『九鬼周造 いきの構造』大久保喬樹編(角川ソフィア文庫)を選ぶのも手です。それによると、「いき」とは、男女のあいだの関係性であり、媚態・意気地・諦念の3つの内部構造からなります。

 媚態は、以下のように述べられます。「ぎりぎりまで相手に接近しながら、しかも、相手とひとつになってはならないというところにある。(中略)その未知の不安定さを保つことが重要なのである」。続けて、「自他の緊張した関係を持続させること、すなわち、どうなるかわからないという不安定さを維持することが媚態の本領であり、恋の醍醐味なのである」とも。
 
 意気地とは、相手のことが好きだけれども、「なお異性に対して突き放してみせる強さをも兼ね備えた意識」をいうとされます。つまりこれは、メロメロになってはならないということでしょう。

 諦念は、「運命というものを心得て執着心を捨て、(中略)あっさり、すっきり、スマートでなければならない」とあります。
 そして、この3つの反対が野暮とされます。

 
 簡単ながらこうして、いきの3要素を確認してみると、恋人との別れ際のふるまいに、それが顕れることがわかります。
 銀座駅の構内では、月一ペースくらいで、終焉を迎えようとしている現時点までは恋人関係であろう二人を目撃することがあります。お互い下を向いて向き合っているのが特徴でしょう。野暮の極みここにありと思ったりするのですが、かく言う私も20代の頃、有楽町国際フォーラムのコンコースで別れ際が生じ、驚異的なねばりをみせてしまいました。あの時、私は若かった。もし、そのときに行けるのなら、昔の自分に、『「いき」の構造』を手渡してやりたいです。「別れてください」といわれたら、いまなら和光の鐘の音でもききながら帰ってみせます。

 『いきの構造』では、この三位一体を、味覚の観点からも分析していて、渋味として「うるか」(鮎の潮辛)、甘味として(お茶の玉露)などをあげています。恋愛の甘味を経て、いきの境地を知り、甘みを記憶した渋みに至る、ということになるでしょうか。
 もし私にもそれが許されるなら、銀座7丁目の老舗、やす幸(*2)のおでんに求めてみたいと思います。とくに大根。大根はもしかしたら野暮なイメージがあるかもしれませんが、薄口の苦みと甘さに、「野暮はもまれて“いき”になる」という真理がしみています。

*1 九鬼周造/思想家。1888(明治21)年、男爵九鬼隆一の四男として東京都芝に生まれる。1909年東京帝国大学文科大学哲学科に入学し、ケーベル博士に師事。1921年に東京帝国大学大学院を退学後、八年におよぶヨーロッパ留学に出る。1929年に帰国、京都帝国大学で教鞭をとり、西洋哲学の普及に努める。1941(昭和16)年、53年の短い生涯を京都で閉じた。

*2 やす幸/1933年創業。創業以来変わらない澄んだ「出汁」の中に通常のおでん種の他、自家製の鰺のつみれをはじめ、季節の種が楽しめる老舗。
中央区銀座7丁目8-14
https://www.ginzayasuko.com/

クリエイターの紹介

伊藤 昊

写真家

いとう・こう 1943年大阪府生まれ。生後まもなく、両親と共に父親の実家のある宮城県涌谷町に疎開。6年生のときに、京都太秦の小学校に単身で転校。1955年に東京の明治学院中学校に入学。1961年に東京綜合写真専門学校に入学。1963年に卒業後、同校の教務部に就職。この頃に写真展を2度開催する。1968年に同校を退職し、フリーのカメラマンとなる。1978年に益子に移住し、塚本製陶所の研修生となる。1981年に築窯し陶芸家として独立。その後は晩年まで陶芸家として活動する。2015年に逝去。
5月5日に写真集『GINZA TOKYO 1964』が森岡書店より刊行された。
https://soken.moriokashoten.com/items/2dabee933141

森岡 督行

店主

森岡書店主。森岡書店代表。1974年山形県生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)のウェブサイトにて「森岡書店日記」を連載中。

もっとみる

この記事に関するタグ検索