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Heart of Fashion

謎に包まれた“ファッション界の伝説”の素顔に迫る-映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』

2021.10.01

文/呉 佳子(資生堂ファッションディレクター)

老舗のラグジュアリーブランドではない。ハンカチや傘まで売るライセンスブランドでもない。にもかかわらず、“マルジェラ”ほど、日本で知られたブランドはないだろう。もしかしたら名前は知らなくても、首元うしろに白い糸で4か所、小さなステッチが入った服を見れば、「あれはオシャレな人が着る服」と認識する人もいるかもしれない。ブランドの今の正式名称は「メゾン マルジェラ」(2015年にメゾン マルタン マルジェラから改名)。ベルギー人ファッションデザイナー、マルタン・マルジェラが1988年に創設した。

当初は“糸くず”がついているのと勘違いされることも多かったというブランドのアイコン的ディテール。映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』より

レジェンドが姿を現す⁈

数年前、そのマルタンが映画に出る、との噂に業界が騒然とした。
なぜなら、マルタンと言えば、公の場に一切姿を現さないことで有名で、写真撮影も対面インタビューもNG。キャリアの絶頂期の2008年に突然引退した、謎多き“伝説のデザイナー”だったからだ。
しかし、引退から10年以上たった今も、彼のスピリットは業界に遺っている。たとえば、現在最も革新的で目が離せないブランドの一つとされるバレンシアガ。2015年からクリエイティブディレクターをつとめるデムナ・ヴァザリアは、マルジェラのデザインチームにいた過去を持つ。実際、彼のクリエイションの随所に、“マルジェラ的なもの”が息づいているのだ(直近では、今年のMETガラに参加したキム・カーダシアンが着用した「顔まで覆う全身真っ黒の“影”になってしまったようなドレス」をデザインした)。
さらに、2018年には、パリ・ガリエラ美術館で初めてマルタン・マルジェラ の大回顧展「MARGIELA GALLIERA 1989/2009」が開かれ、デビューから引退までの20年間のクリエイションを一挙に公開。少しも古びていない革新的なデザインアイデアを余すところなく見せつけた。

本作『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』で業界のベテランたちが口々に語った“マルジェラらしさ”をここで整理してみよう。

マルジェラ流 1
“既成概念を問い直すこと“が基本スタンス。既存のモノを服に変換するのは定石テクニックだ。たとえばソックスはセーターに、カツラはコートに、レジ袋はトップスに。

以上、回顧展「MARGIELA GALLIERA 1989/2009」(2018)より。

マルジェラ流 2
90年代に肩パッドを復活させたのはマルタン。肩のシルエットにおける様々な実験的アイデアが生み出された。

回顧展「MARGIELA GALLIERA 1989/2009」(2018)より。

マルジェラ流 3
ショーのモデルたちも往々にして目を隠す前髪や顔を覆う布でアノニマスに。一般人をモデルとして採用したのもマルタンが初。

回顧展「MARGIELA GALLIERA 1989/2009」(2018)より。

マルジェラ流 4
白はブランドを象徴する色。すべてを白く塗装するか、白い布で覆った。今でもメゾン・マルジェラのスタッフはみな白衣のような白いコートを着ている。

回顧展「MARGIELA GALLIERA 1989/2009」(2018)より。再現された“マルジェラの部屋”のアイデアは都築響一の世界観に着想を得たという。

マルジェラ流 5
あからさまなセクシーさよりも、一貫して、知的な女性像を求めた。“知りたくなる女性”がマルタンの考える色気のある女性像だったという。

映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』より

匿名だけじゃない、伝説になった理由とは?

「メディアをシャットダウンするなんて傲慢だ」とか、「知名度を上げるための戦略だ」とか……。ブランド黎明期の90年代初めは、マルタンの匿名であり続けたいというポリシーが不評を買ったという。
もちろん、“謎めいた存在である”というセルフプロデュースによってマルタンの功績が築き上げられたというのではない。本作でも言及されていたように、アート界のバンクシーなどとは違って、むしろ、顔を見せずに名をあげる方が、大変なのがファッション業界だ。以前、業界の裏事情に精通した高名なバイヤーから、業界ではやはり、見た目の良いデザイナーが引き立てられることが多い、という話も聞いた。

では、匿名というハンデを背負ってまで、マルタンが守ろうとしたものは何か。
彼自身どのような人物で、いったい何を生み出したのか。
キャリアの絶頂期に突然、引退した理由とは何か。
引退から10年以上の時を経てもなお、彼が唯一、後悔していることとは?

表舞台をひたすら避けていたマルタンを、映画という最も明るいスポットライトの下に連れ出したのは、本作を手掛けたライナー・ホルツェマー監督。誠実に思いを伝え、さまざまなことを語り合うことで、マルタンの信頼を獲得したという。数十年間、“謎”とされていたエピソードの一つ一つが、マルタンとホルツェマー監督の共同作業で丁寧に拾い上げられた。すべてを受け止める温かなまなざしが、映画全体を包み込んでいる。鑑賞後にはきっと穏やかな語らいの後のような、優しいぬくもりが残るだろう。

『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』
Martin Margiela: In His Own Words

監督:ライナー・ホルツェマー
配給: アップリンク
公式サイト:https://www.uplink.co.jp/margiela/
渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開中
©2019 Reiner Holzemer Film ‒ RTBF ‒ Aminata Productions

クリエイターの紹介

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。毎季、コレクション取材で世界を飛び回る……だけならカッコいいのですが、家では2児の世話に髪を振り乱す毎日。

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