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Heart of Fashion

決めつけない。多様な時代のコミュニケーションを考える―映画『対話する衣服』

2021.12.07

取材・文/呉 佳子

多様性への理解を深め、視点を広げるための映像を世界中から集めたオンライン映画祭「第2回 True Colors Film Festival」が12月3日(金)から始まり、12月12日(日)まで開催されている。そこへ日本代表作品のひとつとして出品されたのが、河合宏樹監督による長編ドキュメンタリー『対話する衣服』だ。カメラがとらえたのは、独創的なデザイナーを多く輩出するファッション私塾“ここのがっこう”の、卒業生と在校生から選抜された6人のデザイナーが挑む“ある課題”。デザイナーたちが自分のこれまでの経験や信念、想像力を総動員させて取り組むその課題とは、障害のある人を含む6人の異なるモデルたちの個性を生かすファッション制作だ。6組のペアによるファッションを介したコミュニケーション。対話の手立てとしてのファッションの新しい役割にスポットを当てた河合監督に本作の見どころを聞いた。

呉佳子(以下、呉)まずは本作制作の発端からお聞かせください。

河合宏樹監督(以下、河合):プロジェクトとしては、新型コロナ感染症が拡大する前からスタートしていたので、当初はファッションショーを収録する予定でした。それが、コロナで頓挫してしまい、この状況で何ができるか? となったんです。そこで、“ここのがっこう”の既卒も含めた学生たちによる作品制作の過程をドキュメントするという方向性が浮上、再度キックオフしました。僕は、前作『うたのはじまり』で聴覚障害の方に焦点を当てたものの、正直言って、多様性について知識があるというわけではなかった。さまざまな心と身体を持つ方に向き合って真剣に考えるのは、僕にとっても初めての経験でした。学生たちと一緒に考えたり悩んだりしながら作品を作り上げていく、彼ら6人に続く7人目として加えてもらう、というスタンスでの撮影でした。

Sithu Aung×Aoi Yamada, Photography by Lily Shu

呉:デザイナーたちが正解のない“課題”に対して、自問自答を重ね、葛藤しながらモノづくりを進める姿が印象的でした。

河合:彼らはいろんなキャリアやバックグラウンドをもっていて、良い意味でファッションだけに囚われていませんでした。モノづくりに対する視点が柔軟というか。さまざまな心と身体を持つ方と対峙したときに、恐らく自分自身のこともあぶり出されたんでしょうね。決まりきったルールに則っての正攻法では太刀打ちできない、とすぐ切り替えていた。他人と真剣に向きあうということは、ある意味、自分自身にも跳ね返ってきますから。本作はファッションが主題となっていますが、洋服について考えるというよりは、多様な心と身体を持つ人々とどうコミュニケーションを取っていくのか、という問いを投げかける映画なのだと思います。そしてそのコミュニケーション=対話の相手は必ずしも、障害をもつ方と限定しないかもしれない。つまり、自分と違う他者とどう対話するのか。作中でその答えをすっきりと提示しているわけではありません。今回終わり方もすごいですよね。パッとしないっていうか。「え?終わり?どうしよう?!」みたいな。観た人には考えてほしいし、問いを持ち帰ってほしい。実は、僕自身、作品が完成した後も、いまだにその答えを探し続けている状態なんです。

Hideki Ichikawa×Koichi Omae, Photography by Lily Shu

呉:たしかに、鑑賞後もテーマについて考えてしまうというか、余韻が長く続く作品でした。「多様性」や「バリアフリー」などのワードを当たり前のように使っていたけれど、ごくごくうわべの理解しか持たずに乱用していた気がします。自分は全く分かっていなかったなと。

河合:「分かったような気になってはいけない」という思いはありますね。撮影当初、デザイナーたちの中にある程度、共通認識みたいなものがあるのでは? と想定していたんですが、思い込みでしたね。話してみたら全然違った。新型コロナに対する考え方が人によって大きく違うことと同じです。たとえば、自分がもし障害者の立場ならば障害に対して負の感情があるだろうな、と思っていたところへ、ご本人に会ってみると、めちゃくちゃ明るい。そういう先入観とのギャップは印象的でした。彼らのことを分かっているつもりになることを、障害のある本人たちは一番嫌がります。これは別に障害のある方とのコミュニケーションに限ったことではない。以前は映像を撮るときに、共感しようとか、同じ立場に身を置こうって思いがちだったんですけど、僕の尊敬する作家の飴屋法水さんに「それはやばいよ」と言われれたことがあって。「共感する努力ではなくて、相手は自分とは違うということをちゃんと認めてあげることが尊敬になる」。その考え方が今回の作品作りで道標になりました。

Sari Takikawa×Chibi Moeko, Photography by Lily Shu

呉:ダイバーシティに関してはとても重要な観点ですね。

河合:なので、作品の中でも、登場する人たちの言葉をできるだけそのまま、解釈を与えることも良い悪いを判断することもなく、ありのままを捉えています。当然ながら一人一人の考えは全く違うわけです。服に対する要望も違う。着る人それぞれが全く違うのに、一般的な洋服というのは大量生産がスタンダードでどれも画一的。映画の中で“ここのがっこう”主宰の山縣良和さんもおっしゃっていましたが、そもそも最初から大きな矛盾があるんです。今までファッション業界はその矛盾に一切向き合ってこなかった。逆に言えば、そこにこそ、伸びしろがあるのかもしれない。

呉:ファッションについて、長らく見過ごされていた可能性をこの映画が光を当てた側面はありますね。よくファッションはコミュニケーションツールといいますが、それって「私はこんな人だよ」という一方通行の自己発信でした。この映画でいうところのファッションのコミュニケーション機能は、相手あっての対話の手段。その視点は非常に新鮮です。新鮮と言えば、アクセシビリティに対応した音声ガイドの工夫にも驚きました。たとえば「鉱石のように輝くドレス」とか「涼し気なまなざし」とか、話者の主観や感性でとらえた表現が盛りだくさんで。

河合:僕から制作チームに伝えたのは、「あなたが見ているものを表現してほしい」ということ。音楽、写真、音声ガイドなどの制作陣に、監督の僕が何らかの指示を出すのではなく、それぞれにゆだねたのです。監督一人から見える視点をあえて破壊したかった。誰もが違う風に世の中を見ています。いろんな身体性と心を持っている人たちとのコミュニケーションってそういうことなんじゃないかな。そもそも鑑賞者全員に一つの見方を押し付けるのは、こちらのエゴだと思うんです。撮影当時に読んでいた齋藤環氏と與那覇潤氏共著の『心を病んだらいけないの?ーうつ病社会の処方箋ー』という本で、「コミュニケーションというのはハーモニー(二つ以上の音の調和的な響き)ではなくて、ポリフォニー(複数の声部からなり、それぞれの声部が、旋律線の横の流れを主張しながら、対等の立場で絡みあっていく様式の音楽)だ」という言葉があって。制作過程で大きなヒントになりました。まとめることはしなくていい。それぞれが独立している状態がコミュニケーションの一番の方法だということですね。

Daichi Tabata×Myu Ashihara, Photography by Lily Shu

呉:今回の映画祭のテーマが“Perspectives(視点)”ということで、さまざまな環境の方が観られるようなアクセシビリティを考慮した表現にも挑戦されていらっしゃいます。作中の同じ映像を二度見せるという方法も映画の掟破りというか、非常に実験的な試みです。

河合:僕の性格なのか、撮ろうとする作品テーマの性質上なのか、「こういうのが当たり前」と受け入れられている“根本”の部分を一度壊してから考える、というのはよくしています。振り返ると、東日本大震災の翌年に行った『ほんとうのうた~朗読劇「銀河鉄道の夜」を追って』の撮影がいわば自分にとっての原体験ですね。小説家の古川日出男さんに同行して東北各地を訪れました。被災地の姿は壮絶で、カメラを向けることができなかった。それよりも、自分にとって非常に生々しく惹きつけられたのは、一緒にいたチームメンバーの姿でした。あまりの惨事を目の当たりにして、悩み葛藤している。今までずっと信じて微塵も疑わなかったことを、根本から否定され考え直している人たちの姿です。自分自身も一緒に考えながら撮影する、というスタンスはその時以来続いています。奇しくも新型コロナの感染拡大によって、“根本を疑う”という態度は人々の間に広まりましたよね。去年から今年にかけて暴かれた様々なことによって、基礎となる土台から考え直そう、という思想が受け入れられやすくなりました。

Koki Saito×Kaito, Photography by Lily Shu

呉:ダイバーシティというテーマに対して、このコロナ下のタイミング、というのも絶妙でしたよね。

河合:この映画ではコミュニケーションがテーマになっているのに、対面することがはばかられるという状況が続きました。みんなはどう思っているのかなと作中でもインタビューしています。新型コロナ感染がなかったらきっと全く違う作品になっていたでしょうね。この期間でしか考えられないこと、表現できないことをリアルに記録しました。

呉:最後に、この映画はどんな人に見てもらいたいですか。

河合:こういった内容の作品は、社会的に話題となっているテーマや新しいキーワードに敏感な人がターゲットになりがちですけど、こうしたことにあまり関心のない人にも見てもらいたいですね。音声ガイドの手法など、凝り固まった考え方を見直すための実験的な試みもしているので、広い層に興味を持って観ていただければ。

Hana Yagi×Makiko Sugawa, Photography by Lily Shu

多様性の時代にあって、他者とのコミュニケーションにおける万能メソッドはもはや存在しない。ただ誠実に対峙し、問いを問いのまま抱え続ける強さを持つこと、ひたむきに答えを探し続けることが、他者への寄り添いとなることを本作が見せてくれた。一つひとつ言葉を選びながらインタビューに応える河合監督自身の語り口もまた、出演者、制作陣、ひいては鑑賞者をも巻き込んで、テーマに正面から向き合い共に考えようという真摯な姿勢の一環だ。
その反響は既に、本年のニューヨーク映画賞を受賞、ロンドン・ファッション映画祭のオフィシャルコレクション選出というかたちとして表れている。さらに、本インタビュー直後には、ミラノのファッションフィルムフェスティバルにノミネートという嬉しい知らせも舞い込んだ。河合監督から投げかけられた問いは海を越え、答え探しは続いてゆく。

映画『対話する衣服』
監督:河合宏樹
デザイナー:市川秀樹、斉藤幸樹、SiThuAung、タキカワサリ、田畑大地、八木華
モデル:アオイヤマダ、葦原海、大前光市、カイト、須川まきこ、ちびもえこ
プランナー・アドバイザー:山縣良和(ここのがっこう)
写真・構成:LILY SHU
音楽:蓮沼執太
プロデューサー:金森香(一般社団法人DRIFTERS INTERNATIONAL)
主催:日本財団DIVERSITY IN THE ARTS
公式サイト:https://truecolorsfestival.com/jp/program/true-colors-film-festival-2021/

クリエイターの紹介

呉 佳子

ファッションディレクター

資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。毎季、コレクション取材で世界を飛び回る……だけならカッコいいのですが、家では2児の世話に髪を振り乱す毎日。

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