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まぶたの裏、表

2022.10.31

まぶたの裏、表 Vol.03 飛蚊症/浮遊物

文・写真/細倉 真弓

写真をとおして「ものを見ること」を考察する、写真家・細倉真弓さんによるエッセー、第三回をお送りします。視界に表れる小さな虫のような影。煩わしい、と思うあの症状はまた一方で、「ものを見ること」について一考を投じます。

 

Vol.03 飛蚊症/浮遊物

白い空間を見るものもなしに眺めていると目の前にちいさな糸くずのようなものがぴょんぴょんと動き回っている。いつもは気にすることはないのに気づいてしまうとその糸くずたちは瞬きのたびにせわしなく目の前のいたるところを飛び回っている。

幻のようでもあるし妙に実体をもっているようにも見えるこの糸くずに初めて気がついたのがいつ頃だったのかはあまり覚えていない。目の焦点を風景ではなく眼球の表面から5cmくらい向こう側にもっていくと、このぴょこぴょことせわしない糸くずたちにピントが合うように思えるが、目が痛くなるまで頑張って焦点を合わせようとしてもあと少しのところで糸くずの輪郭にはたどり着かない。そしてしっかりと見ることはあきらめて、フェードがかかったようにぼやっとしたいくつもの糸くずをただ眺めることになる。だいたい20~30個くらいの長さがバラバラのものが視界の中にまんべんなく散りばめられていて、見るとはなしに見ていると糸くずたちは目の表面をすーっと流れていく。それは横だったり、上だったり、途中で方向を変えたりする。どうやら私の目線の動きに連動しているようにも思えるがまっすぐ前を向いていても微妙に動いているようにも見える。本当に不思議。
私はこの浮遊するものたちが好きだった。ふわふわと目の前を漂う半透明のそれらは、目には見えるのに現実の世界とは関係のない自分だけに見える特別なしるしのように思えて飽きずに眺めていた。
その後しばらく経って自分にだけ見える特別な何かだと思っていたこの糸くずたちが「飛蚊症」と呼ばれる生理現象で、多くの人によく起こることだと知ることになる。

私たちの目(眼球)のなかには、硝子体(しょうしたい)というゼリー状の物質が詰まっている。「硝子体の中にある繊維や細胞成分が網膜に作る影が、飛蚊症として自覚されるものです。硝子体の内部には、目の中の環境を維持するため、寒天と同じように透明な繊維や多少の細胞成分があり、それが光の加減で影を作る」(*1)、それが生理的飛蚊症と言われる糸くずたちだった。

この事実は私のちょっとした特別感を霧散すると同時に、「目に見える世界」への態度を少しだけ変えてくれた。
「私だけが見えていると思っていたこの目の前の糸くずたちだけれど、たくさんの人がそれぞれ自分だけの糸くずを視界に浮かべている!」
この目の前を飛び交う無数の浮遊物たちがそれぞれの人の眼の中の繊維や細胞の影であり、それを皆が皆、別々に眺めているなんて。こんなに個人的な視界ってあるものだろうか。糸くずは私だけが見えている特別なものではなく、皆が当たり前にそれぞれの糸くずを眺めているという事実。そしてその個人的な浮遊物が目の前の共有された風景に重ね合わされている!視界というものはこんなにも個人的な自分だけのものでも有り得るのかという驚きがそこにはあった。
眼の前の糸くずを追おうとすると、目の前の風景は少しだけ後ろに遠のく。それでも糸くずを漂わせている風景は目の前にある。半透明の糸くずと風景の混ざり合った目の前の視界。
私とあなたが見ている風景は同じだと思っていたけれど、私とあなたの目の前の糸くずが共有されないように、見えている風景はそれぞれほんの少しだけ違う。

そんなことを言われなくても、そもそも人はそれぞれ視力も身長もその時の感情によってさえも個別な見方をしているだろうと言われればまあそうなのだが、そういったものを含めてもこの幻視と実態のあわいにあるような糸くずたちの面白さは減じない。幻視と実体のあわい!なんだかこのあたりに私の興味の向かうところがあるように思う。

*1 株式会社三和化学研究所 https://www.skk-net.com/health/me/c01_31.html

細倉 真弓

写真家

東京/京都在住
触覚的な視覚を軸に、身体や性、人と人工物、有機物と無機物など、移り変わっていく境界線を写真と映像で扱う。立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業。写真集に「NEW SKIN」(2020年、MACK)、「Jubilee」(2017年、artbeat publishers)、「transparency is the new mystery」(2016年、MACK)など。
http://hosokuramayumi.com