アルヴァ・アアルトは20世紀のフィンランド出身の建築家で、彼の作品は人間と自然を考慮に入れた設計で知られている。アルヴァ・アアルトは建築だけでなく、家具や照明、ガラスウェアなども手掛け、近代建築やデザインを代表する人物と言える。アアルトデザインの家具やプロダクトはアルテックから発売され、現在でも同社から購入することが可能だ。
しかし、原題のタイトルがなぜ『AALTO』なのか、公開前から考えていた。『Alvar & Aino Aalto』としてもよさそうだが、全て大文字の『アアルト』になっている。これは、近年、男性建築家とともに作品をつくってきたにも関わらず、注目されてこなかった女性パートナーへの再評価が進んでいる流れの一つなのだろうか。
近代建築の三大巨匠というと、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトの3人が挙がる。四代巨匠といった場合でも、追加されるのはヴァルター・グロピウスだけで、彼らは全員男性である。建築の主要な歴史は単独の男性によって築かれてきた。そうした歴史を改めて見直そうとする流れが近年あり、代表例としては1991年に建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を受賞したロバート・ヴェンチューリのパートナー、デニス・スコット・ブラウンの功績を認めようとした2013年の署名活動が有名だ。また、ル・コルビジェを嫉妬させたデザイナーのアイリーン・グレイや彼の家具デザインにおける右腕だったシャルロット・ペリアンに関する大規模な回顧展がそれぞれポンピドュー・センター(2013年)やフォンダシオン・ルイ・ヴィトン(2019年)で開催され、コルビジェだけの功績とされてきた歴史の修正も進行中である。しかし、この映画はアルヴァ・アアルトの最初のパートナーであるアイノの再評価だけにとどまらない。
考えてみると、初期のアアルト作品―映画に倣い、一人の建築家に帰属しない言い方をすると―「パイミオのサナトリウム」(1933年)はインターナショナルスタイルで建てられている。このスタイルは、一つの国や地域という枠を超えた白く抽象的なモダニズム建築である。一方で、中期の傑作「セレナッツァロの役場」(1952年)は、その土地や文化に根ざした“ヴァナキュラーな”建築であり、多くの人がイメージする「アアルト建築」はこれである。この二つの要素が共存しているのがアアルトの面白さであり、その多面性をアルヴァ・アアルト一人に帰属させるのはもったいない。
アイノ・アアルトはアルヴァと協働して建築を手がけたことにとどまらず、家具やガラスウェアのデザインの才能が大きく、実際アルテックの初代アートディレクターを務め、1941年からは社長に就任した。しかし、彼女は1949年に病気で亡くなり、アルヴァは大きくショックを受けた。その後、最初はアアルト事務所の所員であり、のちにアルヴァの公私ともにパートナーとなるエリッサ・アアルトの存在もこの映画では大きく取り上げられている。
「エリッサの素晴らしいところは、アトリエ全体の芸術的責任を引き受けたことだ。アルヴァの最後の10年は、彼女の力が大きい」との点を強調する本作は、“アアルト”をアルヴァとアイノ、さらにはエリッサまで含めた独特のアプローチで描いている。面白いのは、“アアルト”の建築的表現の集大成と称される「フィンランディア・ホール」(1971年)への批判も描かれていることで、キャリア終盤のアルヴァが「保守的な“恐竜”とみなされた」と評され、当時のニュースでの一般の批判的な意見も紹介している。
アルヴァ・アアルトは、白くて冷たい近代建築に人の温かみを取り入れた建築家としてしばしば称賛されるが、本作はそれを超えて”アアルト”の多面的な側面も探求している。アルヴァは楽観的なボヘミアン気質な人間だ。だから不貞を重ねながらも、アイノへの手紙には「愛している」と繰り返していても、彼の中では矛盾は生じない。アイノの死に大きな悲しみを感じ、そこから程なくしてエリッサと再婚しても、彼の中でのアイノへの愛は変わらないのだろう。職人や労働者をいつも大切にしていたにもかかわらず、キャリア終盤には資本主義の手先とみなされるようになった社会的イメージの変化も本作では描かれている。これら全てを省略せず、美しい建築の映像、当時の資料、そして証言を交えて”アアルト”を丁寧に描き出したこの映画は、単に建築やデザインの歴史にとどまらず、建築家の人間性も見事に浮彫にする。近代建築の巨人でさえも、私たち一般人と同じように人間らしい悩みや矛盾に満ちた不器用な人生を送っており、人生の複雑さや美しさについて『アアルト』は教えてくれる。
映画『アアルト』
10月13日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、UPLINK吉祥寺、シネ・リーブル梅田、伏見ミリオン座 他全国ロードショー
公式サイト:https://aaltofilm.com/
邦題:アアルト
原題:AALTO 監督:ヴィルピ・スータリ(Virpi Suutari)
制作:2020年 配給:ドマ 宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会
協力:アルテック、イッタラ
2020年/フィンランド/103分
©Aalto Family ©FI 2020 - Euphoria Film