クリープハイプの尾崎世界観さんとアーティストが創作について語り合う対談企画。今回資生堂ギャラリーで開催されていたのは、
「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界
2nd SEASON “QUEST”」
という展覧会。
この展覧会は6組のアーティスト──杉戸洋、中村竜治、Nerhol (ネルホル)、ミヤギフトシ、宮永愛子、目[mé]、が3年の時間をかけて、アフターコロナの「新しい世界」について考える企画であり、昨年第一回が開催された(Vol.06参照)。二年目のテーマとなったのは「探求/Quest」。
参加作家の宮永愛子さんと尾崎さんが語る、わかりづらいものをわかろうとする力、言葉が持つ強さと想像を広げる余白について。
わからないけど近づきたい、それが想像を広げていく
──前回は、作家全員が「わかりにくいのっていいよね」という共通認識で展示をつくり上げていっているという話でした。
尾崎世界観 今は検索したら何でも答えのようなものが出てきて、わかりたくなくてもわからされてしまう。間違えづらい世の中なんだと思います。昔はもっと誤解や間違いがいっぱいあったはずなのに。でも今は、そこに興味がない人たちまですぐに調べることができて、正解っぽいものにたどり着く。そして、本来その誤解や間違いを指摘する場所にいない人たちまでSNSなどの発言の答え合わせに必死になる。たとえ言葉自体が間違っていたとしても、気分に合わせて投稿したくなる時もあって良いはずなのに。でも最近は間違い探しをする人たちが多いから一応調べ直したりして、「これが正しいっていうのはわかるけど、今の気分は違うんだよな」と思いつつ、やっぱり正しい方に直して投稿してしまう。
宮永愛子 世の中なんてわからないことだらけで、それをわかりたいなと思って、こうかもしれない、ああかもしれないと想像するのが本当は楽しいはずですよね。あまりにもすぐに答えがやってきちゃって、選びたくないのに選ばなきゃいけないことがあったり。そういうことにみんな疲れていないかなと思うことがあります。
尾崎 疲れているのかどうかすらわからず、通り過ぎていってるのかもしれないですね。
宮永 それが、例えばアートを見るとか音楽を聴くとか本を読むとか、そこに余白がないといけないって思っていて。なるべく、でも簡単に全部を突き放してしまうとついてきてもらえなくなっちゃうので、少しだけきっかけを残して、あとは自分でつかみにいってほしいというところはあります。
尾崎 ご自身の作品を説明するという感覚は、どういったものなのでしょうか? そこには多少ネガティブな気持ちもありますか?
宮永 まずは私の場合だったらナフタリンという素材が珍しいから、その説明をしたりします。単に作品を解説するのではなく、少し話を聞くことで想像力が膨らむのであれば、それはお伝えしたいと思う。
作品を見慣れている人って、目の前の扉の開け方を知っているのだと思うんです。音楽でもそういうところはあると思いますが、近づいていける。
でも、その扉がどこにあるのかもわからないという人もいて、そういう人にも作品を見てほしい。だから扉の場所は教えてあげたいなと思っています。初めて作品を見た時に、全部の扉が開かなかったとしても、少しずつ扉が開いていって、いくつも見るうちに作品の魅力に気づくようなことが起こればいいなと。単に衝撃が強いだけの作品というのは好きじゃなくて、私は、作品に触れて、3日くらい経った後に思い出せるくらいの作品がすごく好きで。3日くらい経って、コーヒーを淹れていた時にふと思い出すような、そんな作品がいいなと思います。
尾崎 ある意味では、その方が難しいのかもしれないですね。
宮永 あと、タイトルをつけるのも、私の作品では重要な要素だと思っています。言葉って多くの人が読めるし、誰もが近づくことができるから、すごく便利だけど怖いものでもあるから難しいですよね。いつも私は作品をつくるときに、鏡文字で言葉を書いています。本当は絵を描いたらいいんですけど、絵を描くのが苦手なので。
すでに知っている言葉に余白をもたらす「鏡文字」
尾崎 鏡文字? ひょっとして、左利きだとやりやすいですか?
宮永 そうなんです。やりやすいと思いますよ。書いてみてください。
尾崎 あ、意外と初めてでも書けるものですね。鏡文字を書くようになったのはいつからですか?
宮永 学生時代にやってみたら書きやすかったんです。鏡文字で書くと、言葉に余白が生まれる感じがしたんです。例えば「あおい」という文字だとしたら、普通に書くと、すごい早さで脳が「あおい」を理解してしまって、自分の知っている範囲に留まった「あおい」しか想像ができない。でも、反対に(鏡文字で)書いてみたら、ちょっと考える時間が必要で、そこに余韻というか、「あおい」を書いたときの気持ちみたいなものまで残せるような気がして。
尾崎 歌詞も小説もスマホで書いているし、文字を手で書くこと自体が少なくなったので、手書きだと引っかかってくるようなもどかしい感じがあって、つい面倒くさいという気持ちが先にきてしまいます。でも、いま鏡文字を書いてみたら、書くことの喜びというか、書くことが面白いというのを思い出しました。昔持っていた遊びの感覚を思い出しましたね。
宮永 人間の目もすごいし、言葉の力は本当に強いんだなと思いますよね。目の前にある文字を自動的に読んでしまって、その想像をしてしまうという読解力がいつの間にか培われているっていうことですよね。
尾崎 そんなこと考えもしませんでした。自分は手書きをほとんどしないので。というのも、自分で書くと文字の歪みが気になってしまって、すぐに気持ちとズレてしまう。同じ形の文字でずっと続く方が、そこにより自分の感情を入れられるんです。
宮永 いつもどんなところで小説を書かれていますか?
尾崎 歌詞も小説も、基本的に寝っ転がってスマホで書くことが多いですね。机に向かうのは、校正の時くらいです。
編集担当の方には、スマホは画面が狭くて少ない行数しか見られないから、広い画面で見なきゃだめだと言われるんですけど。
ただ、自分としては狭い画面で1行ずつ書くスタイルがしっくりきていて、いつも1行だけを切り取られても自信が持てるような言葉を書きたいと思っています。
宮永さんはタイトルなどの言葉を書いてから作品を制作するというやり方は、今でもずっと変わらないのですか?
宮永 そうですね。作品をつくるのと同じくらいタイトルにも重きを置いているので。
尾崎 その意識が自分にはないんです。タイトルは作品をつくったご褒美に自分が決められるというくらいの感覚でした。でもタイトルって、すごく大事なんですよね。
宮永 尾崎さんの本を読んだ時、タイトルのつけ方が好きだなと思いました。『私語と(しごと)』という本だったんですが、他のタイトルもそうですが上手に韻を踏んだり、ひとつの言葉で複数の意味がある言葉の使い方をされていて。私、昔から辞書を眺めるのが好きで、例えば「しこう」だったら「思考」なのか「嗜好」なのか「試行」なのか、こんなにたくさんの意味があるんだ、と見ているだけでわくわくしてきます。
尾崎 それが嫌な人もいますよね。「結局どれなんだよ」って早く知りたがる。でもそういう人は言葉に興味がないのかもしれない。いろいろ想像を膨らますことができる人は、ちゃんと言葉から逃れられる人なんだと思う。自分もそういう感覚です。もっと軽やかに言葉を使っていきたいと思っています。
宮永 以前、「そらみみみそら」というタイトルの展覧会をやったことがあるんですけど、「そらみみ」なのか「みそら」なのか、「そら」なのか何なの?って聞かれることがあって。それひとつでタイトルですって答えていました。尾崎さんのインタビューなどをいくつか拝見して、そんな風には思われたくないかもしれないんだけど、ああだこうだと考えていながらも、すごく素直なものの見方をしていて、ちゃんと受け取ってくれる人がいるんだなと感じました。みんなそれを受け取って咀嚼しているという。
尾崎 バンドのお客さんは自分たちを信じすぎているような気がして、責任を感じることがあります。こんな人間を信じてもらっていいのだろうか?そんな疑問もあって。
だから音楽だけにこだわらず、小説を書くなどして、音楽面だけでは伝えられなかったことを伝えていきたいと思っています。音楽を聴いてくれるファンの方にも、やっぱり小説を読んでほしい。一緒に「わからないこと」を考えたり共有したりしたい。
宮永 私はあまりにも凝り固まったもの考え方に少し違和感があります。いつもバランスを崩したいっていう感じで。バランスを崩すことやそのタイミングを大事にしているというか。自分が普通になってきたと感じたら旅に出たりしていますね。旅先で、今まで知らなかった感覚に出会って、心が揺さぶられるし、いつも揺れている自分に気づく。なんというか、そういうのを知る旅が好きですね。
尾崎 常にぐるぐるまわっているというその感覚、よくわかります。自分でも日々言うことが違っていて、ヤバいなと思うこともありますが、それって実は健全なことなんですよね。こういう展覧会を体験すると、伝え方や考え方も含めて、すごく刺激になりますね。今日はありがとうございました。
宮永愛子(みやなが あいこ)
1974年生まれ。京都府京都市出身の現代美術家。第3回シセイドウアートエッグ出身。京都造形芸術大学美術学部彫刻コース卒業。東京藝術大学大学院美術学部先端芸術表現専攻修了。平成18年度文化庁新進芸術家海外留学制度によりエジンバラ(イギリス)に1年間滞在。第22回五島記念文化賞美術新人賞を受賞し、2011年からアメリカ・中南米で研修。日用品をナフタリンでかたどったオブジェや、塩を使ったインスタレーションなど、気配の痕跡を用いて時を視覚化する作品で注目を集める。主な個展「うたかたのかさね」京都市文化博物館(2020年)、「宮永愛子:漕法」高松市美術館(2019年)。2019年度文化庁芸術選奨美術部門新人賞受賞。アートエッグから初めての椿会メンバー。
会期:開催中~2022年12月18日(日)
会場:資生堂ギャラリー
住所:東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビルB1
開館時間:平日11:00~19:00、日・祝11:00~18:00
定休日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合も休み) 及び 8月16日(月)~23日(月)夏期休館
TEL:03-3572-3901
詳しくはこちら→資生堂ギャラリー公式サイト