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見る猿、聞く猿、言う猿

見る猿、聞く猿、言う猿 Vol.6 尾崎世界観×ミヤギフトシ【前編】「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界」

2021.08.13

写真/ニコ・ペレズ

文/上條桂子

ヘア&メイク/谷本慧

クリープハイプの尾崎世界観さんとアーティストがものづくりについて語り合う対談企画。今回の展示は「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界」。「椿会」というのは、第二次世界大戦で一時中断していた資生堂ギャラリーの活動を、1947年に再開するにあたり誕生したグループ展。今年始まった第八次椿会のメンバーは、杉戸洋、中村竜治、Nerhol (ネルホル)、ミヤギフトシ、宮永愛子、目[mé]。6組のアーティストがこれから3年という時間をかけて、アフターコロナの「新しい世界」について考えていく企画で、今年のテーマは「2021 触発/Impetus」です。今回は、このメンバーの中からアーティストであり小説家でもあるミヤギフトシさんが尾崎世界観さんと語り合います。美術と小説に取り組むミヤギさん、音楽と小説に取り組む尾崎さんの共通点、相違点とは?

映像と小説、相反する手法で表現すること

尾崎世界観 ミヤギさんの作品は映像が多いですよね?

ミヤギフトシ 最初は写真が多かったんですけど、最近は映像がメインになっていますね。

尾崎 小説を書き始めたのは映像をつくり始めてからですか?

ミヤギ そうですね。映像を撮影するための物語を書いたり、映像をつくるために現地にリサーチしにいったりする一連のことをブログ(American Boyfriend 「沖縄で沖縄人男性とアメリカ人男性が恋に落ちることは可能かについて」現在は休止中)に書き始めたんです。それを書いているうちにだんだんと虚構が混じり始めて、物語っぽい感じになってきて。そのブログを見た編集者の方が声をかけてくれて、ちゃんと書き始めたのは2017年くらいです。

尾崎 映像と小説って真逆のイメージがあるんですけど、ご自身ではどう思われますか?

ミヤギ まさにそうだなと思います。いくつか書くうちに小説の大変さを思い知りました(笑)。音楽も映像に近いのかなと思っていて。音楽を聴いてるときって、一回聴いただけでは歌詞の世界観って全然捉えられなくて、印象のなかから勝手に想像していくような感じだと思うんですが、映像を見るときもある程度の長さがあると逆戻りはできなくて。見ている側からポロポロとこぼれ落ちていくものがあって。個人的にはそれはそれでいいのではと思っていますが、小説にはそうした隙間があんまりない。そこがすごく大変だなと。

尾崎 ミヤギさんの小説は、ものすごく細部まで丁寧に描写されているなと思いました。音楽も、確かに映像に近いのかもしれませんね。音楽をやっていると、感覚で伝わってしまっている部分が多いなという想いもあって。お客さんは熱狂してくれているんだけど、本当に言いたいことは伝わっているのかな? と不安になる事があります。そこまで強く思っていない部分が伝わってしまったり。そうした部分に違和感があったので小説を書いてみたんですが、それはそれで難しくて。何作か書いたけれど、全然書き切れないなという感覚です。でも、ミヤギさんの小説は、映像をメインでやっていたとは思えないほど細かい文章だったので驚きました。それは感覚でやれてしまっているんでしょうか? それとも意識的に細部を書こうとしているんですか?

ミヤギ 頭の中で思い浮かべた映像を文章にしていくような感覚があって。最初の小説(『ディスタント』河出書房新社刊)とかは自分の記憶に基づいているので、その風景を思い出しながら書いているような感じです。でも、自分で実際に見ていない風景、例えば違う時代の話などになると途端に壁にぶつかってしまうので、そうした風景をどう想像するかが最近の課題です。当時の感情は忘れることがないんですが、沖縄ってものすごい勢いで風景が変わっていくので、ネットで探してもその時代の風景は全然出てこない。なので、完全に忘れてしまう前に書いて残したいなという感覚もあります。また、過去の自分や環境をすごい美化している感覚があります。子どもの頃、10代はネクラで劣等感の塊で、いまもそうかもしれませんが(笑)。そういう気持ちがあるから逆に作品ではきれいに描きたいという思いがあって。

尾崎 そのときの感覚を取り戻そうとしているわけではないんですか?

ミヤギ あのとき感じていた嫌な感覚も見せつつ、でも当時の自分を救うというか。大げさかもしれませんが。

尾崎 読んでいて、常に不穏な感じというか。何か起きそうな緊張感があって、ドキドキしてしまうんです。それで何もないといいなと思いながら読み進めて、実際に大きな事件は何も起こらない(笑)。でも、自分の中には確実に何かが残っている。それはすごいことだし、小説ならではだと思います。小説と映像での感覚の違いも気になります。

ミヤギ 映像をつくるとき撮影する場所は決めて行きますが、そこで何が撮れるかは撮ってみないとわかりません。撮影時には毎回、ある程度の物語は想定していくんですが、風景に引っ張られて物語が変わっていくので、風景も込みで物語を構築していくという感覚があります。一方で小説は、書きながら物語をつくっていく感覚で、映像みたいに行ったり来たりするというよりは一直線なイメージですね。

尾崎 なるほど。僕が小説を書く場合は、自分以外の要素、偶然性みたいなものがそこまでないのかもしれません。曲をつくっている時は、抽選で何かが当たった!という瞬間があって。コード進行の組み合わせにしても、曲をつくり続けていると、パッと突然出てきたものがたまたま当たるという感覚がある。その偶然は悪いことではないと思っているし、でもそれだけじゃ納得できないという気持ちもあって、それで何か別の表現をしたいと思い小説を書き始めたんです。小説には改稿という作業がありますが、映像はどうですか? 撮り直しをされたりするんでしょうか?

ミヤギ あまりないですね。映像は撮りに行くのも編集するのも自分一人なので、自分で決めるしかないところがあって。作品として展示して見せて、その後にいろいろ言われることもあるんですが。小説だと、僕はすごい編集者に頼ってしまう人間なので、原稿をやりとりするなかで指摘を取り入れるという工程がある。そういう感覚は美術の制作過程にはなかったと思います。

沖縄、アメリカ、セクシャルマイノリティ、基地……、 物語の細部から国の関係や歴史が立ち上がる。

尾崎 触れるということに関しても、自分とは全然違うと思いました。僕の場合は、遠慮せずに見もしないでまず触っちゃって、触ってみてこうだったと思う。でも、ミヤギさんの場合は触れていないんだけど、触ったらこんな感じだろうという気持ちで人や風景に向き合っている。また、時代を超えた人のことを考えたり、過去と現在のことを並べて描いていくということを僕はできないので、すごく新鮮でした。離れた人のことを考えるというのは、今のコロナ禍の状況にも近いと感じました。こういう距離の感覚、昔の出来事を今の自分の横に並べて語るようなことは、これまでもずっとされてきたことなんですか?

ミヤギ 僕は沖縄でセクシャルマイノリティとして育ってきて、沖縄のいわゆる男社会に対して、すごい嫌悪感を抱いて育ってきました。でも高校を卒業して沖縄を離れてみると、今度は日本という国から沖縄がひどい扱いを受けているというのが見えてきました。また、沖縄で自分が成長していく過程では、ヘテロセクシャル以外の関係が見えてこなかったんですが、きっとそういう関係もあったと思うし、そうなったときに、なんで見えてなかったんだろうという疑問が湧いてきて、沖縄の基地の存在が大きいのかなと思うに至りました。きっと基地の中にもマイノリティの人もいたわけで、歴史の中でそういう自分が近しいと感じられる関係があったのではないかというのが、初期の小説や映像作品のテーマになっています。でも、そこで当事者を探すというよりは、自分が見てきた風景、探求できる風景に、その物語を当てはめてみるような。

尾崎 沖縄の作家というと、石川竜一さんの写真(編注:1984年沖縄県生まれの写真家。沖縄の風景や路上の人々の「生」を見つめるポートレート写真を撮る。写真集に『絶景のポリフォニー』『okinawan portraits』『いのちのうちがわ』[全て赤々舎]がある)が思い浮かんで結構激しい印象だったんですが、ミヤギさんの作品ではその反対側を見られたようで面白かったですね。こんなに繊細な作品をつくっている方がいるんだと。どちらにしても自分が知らない世界ではあるんですが、そうした知らない風景や歴史を、自分が好きなタイプの小説として読めるとより身近に感じます。“沖縄”というテーマには、ちゃんと向き合わなければならないと構えてしまう部分があるけれど、そういう身構えが必要ないというか。

ミヤギ 加えて、セクシャルマイノリティの話というのも、いまは少し変わってきたかもしれませんが、10年前、15年前くらいだと身構えられてしまう感覚があって。まずは、どうしたらそれに触れてもらえるかということをずーっと考えていて、そこから物語をつくるようになったのもあります。

尾崎 沖縄の話を知ってもらいたいというよりは、物語の中でじわじわ伝えていくような意識があるのでしょうか?

ミヤギ そうですね。写真を勉強し始めた頃に、石川さんみたいな写真は撮れないと早々に諦めました。また、どうしてもきれいなものに惹かれるので、一度きれいな物語をつくってみたらどうだろうと思ったんです。もちろん背景にあるのはひどい歴史の出来事だったりするんですが、一度パーソナルな過去を美化する物語をつくってみようと、映像をつくり始めたんです。

尾崎 ミヤギさんの最初の作品がとても気になります。

ミヤギ アメリカに留学していたときに制作した作品「Strangers」(2005-2006)ですね。小説「ストレンジャー」に書いていますが、コンセプトはそのまんまの作品でした。人との距離感を当時から作品のテーマとしてはあったのかなと。

 ハロー、ストレンジャー。
 はじめまして。突然の連絡ですみません。
 僕は大学で写真を勉強している学生で。『Strangers』という写真シリーズを制作しています。
(中略)
 手順は簡単です。あなたの部屋に僕を呼んでください。そして、あなたと僕、ふたりの写真を部屋で撮らせてください。まるで恋人同士のような。
 この撮影の目的は、僕たちふたりの間にある種の交流、一時的な関係を構築し、それを写真として記録すること。
(「ストレンジャー」『ディスタント』所収 河出書房新社より)

尾崎 そうした他者との距離感は、その後近づきましたか? それとも変わらないですか?

ミヤギ 変わらないですね(笑)。意識してるわけじゃないんですけど。

──距離はあるけれども興味がないわけではなくて、近づきたい、知りたいという欲求はある。人への興味があるから、もっとその人の背景を知ろうとか、想像が広がったり妄想になったりという感じなんでしょうか。

ミヤギ そうですね。作品のモチーフになるような記憶や人というのは、もうあんまり自分には近くないというか、ある程度の遠いところに行ったから書けたような感覚はありますね。

──後編は近日公開します。お楽しみに!

『ディスタント』2019年 河出書房新社

ミヤギフトシ
1981年、沖縄県生まれ。2005年、ニューヨーク市立大学卒業。現代美術作家としての主な個展に「In Order of Appearance」 miyagiya(2021年)、「How Many Nights」ギャラリー小柳(2017 年)、「American Boyfriend: Bodies of Water」京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(2014年)など。2012年にスタートしたプロジェクト「American Boyfriend」では、沖縄で沖縄人男性とアメリカ人男性が恋に落ちることの関係性等をテーマに、作品制作やトークイベントの開催などを行なっている。自身のアイデンティティや出身地の沖縄、アメリカ文化などを題材とした映像や写真作品だけでなく、小説も発表。

「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界」
会期:2021年6月5日(土)~8月29日(日)
会場:資生堂ギャラリー
住所:東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビルB1
開館時間:平日11:00~19:00、日・祝11:00~18:00
定休日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合も休み) 及び 8月16日(月)~23日(月)夏期休館
TEL:03-3572-3901
詳しくはこちら→資生堂ギャラリー公式サイト

クリエイターの紹介

尾崎世界観

ミュージシャン

バンド「クリープハイプ」のボーカル、ギター。独自の観察眼と言語感覚による表現は歌詞だけでなくエッセイや小説でも注目を集める。著書にエッセイ集『苦汁100%』『苦汁200%』、小説『祐介』(すべて文藝春秋)、エッセイ集『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(KADOKAWA)などがある。1月に発表された小説『母影』(新潮社)は、芥川賞にもノミネートされ話題となった。
http://www.creephyp.com

谷本 慧

ヘア&メイクアップ アーティスト

1986年生まれ。大阪出身。大阪の店舗を経て、上京後、原宿BRIDGEに7年間所属。2019年CITY LIGHTS A.I.R.に参加。サロンワークを軸に、広告、雑誌、TV、MV、CDジャケット等、音楽を中心としたヘアメイクを担当。
https://www.instagram.com/3104tanimoto/
https://satoshitanimoto.tumblr.com/

Nico Perez

写真家

1986年、スペイン・マラガ生まれ。東京在住。幼少期にイギリスへ移住した後、スペインと英国を行き来しながら過ごす。Queen Mary University of Londonで映像と語学を修業。2007年より独学で写真を学び、2008年、撮影旅行で初めて東京を訪れる。東京のもつ切ない「青い」空気感と、都市の孤独感にインスピレーションを得る。2009年、ロンドンで開かれた写真家・川内倫子氏のワークショップに参加したことを契機に写真家を目指し、東京へ移住。2013年よりフリーランスの写真家として活動。2015年、初写真集『Momentary』(私家版)を発売、同書を中心とした個展『Momentary』を開催。以降、2016年『Stills from life』、2018年『Kingsland road』、2019年『 Chasing Blue』と個展を開催している。現在は東京を拠点に活動中。
https://pereznico.com/
https://www.instagram.com/n_perez_

上條桂子

ライター/編集者

雑誌でカルチャー、デザイン、アートについて編集執筆。展覧会の図録や書籍の編集も多く手がける。武蔵野美術大学非常勤講師。著書に『玩具とデザイン』(青幻舎)。

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