クリープハイプの尾崎世界観さんとアーティストが創作について語り合う対談企画。
今回資生堂ギャラリーで開催されていたのは、「第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界
2nd SEASON “QUEST”」という展覧会。この展覧会は6組のアーティスト──杉戸洋、中村竜治、Nerhol (ネルホル)、ミヤギフトシ、宮永愛子、目[mé]、が3年の時間をかけて、アフターコロナの「新しい世界」について考える企画であり、昨年第一回が開催された(Vol.06参照)。二年目のテーマとなったのは「探求/Quest」。
参加作家の宮永愛子さんと尾崎さんが、本展のキーワードともなった「豊かな生活」について語ります。
環境によって絶えず形が変化し続ける、ナフタリンという素材の作品
尾崎世界観 宮永さんの作品が、このトランクの中に入っているんですか? こちら、開けても大丈夫でしょうか?
宮永愛子 大丈夫です。見たい方は申し出ていただければ、開けてもいいですとお伝えしています。
尾崎 なるほど。中にあるのは、化粧品の瓶でしょうか。
宮永 そうです。「オイデルミン」という、洋風調剤薬局だった資生堂が初めて作った化粧品です。今年は資生堂の150周年というタイミングだったこともあり、資生堂の歴史と銀座の歴史、時間が感じられるような展示にしようと思い、オイデルミンの瓶をナフタリンでかたどりました。
尾崎 この彫刻がナフタリンでできているんですか?
宮永 そうなんです。ナフタリンが時間をかけて昇華していき、ケースに結晶化していく。展示中、この形は少しずつですが変わり続けているんです。
尾崎 展示中、この作品はどうなっていくのですか?
宮永 一時として同じ形を留めていません。その日の気温や展示の期間によって速度は違いますが、変わらないということがありません。
尾崎 この結晶が増えていくということですよね。
宮永 いままでの概念だったら、彫刻と言われると、そこに形があるもののほうを見ますよね? そういう人は「消える彫刻」と感じるだろうし、結晶のほうを見る人は成長していく、増える彫刻だと感じる。私自身は、変わり続ける作品だと考えています。そういう意味で言うと、私たち人間も同じで、変わっていないように見えて、実は変わっていない瞬間がない。
尾崎 すごく面白いですね。そこにある彫刻だけを見るのではなく、ケースについた結晶だけを見るわけでもなくて、変わり続ける空間全体を見るという。また、時間が進んだようにも思えるし、戻ったようにも感じられる。
宮永 この展覧会も同じような感じで、どこからが展覧会かというと、一つひとつの作品だけではなくて、ギャラリーの上にある階段を下りてくるところからもう展覧会は始まっています。参加している作家全員がそういう気持ちで展覧会をつくっています。自分の作品はもちろん重要なんですが、空間全体のことを考えて展示方法を検討しました。だから、スーツケースを全部開けるのではなくて、少し光が漏れているようにしたんです。
このトランクの下にあるレンガにもちょっとしたストーリーがあって。実はこれ、銀座の花椿通りの地中にあったレンガなんです。作品を制作するにあたって、資生堂が150年ずっと営みを続けた銀座の時間が感じられるものをつくりたいなと思い、銀座の土が欲しいと申し出てみたんです。その土を使ってガラス作品を作りたいなと思って。
尾崎 土でガラスができるんですか?
宮永 そうなんですよ。ガラスと土って対極にあるように思えるかもしれませんが、砂を溶解すればガラスになるんです。最初は銀座に土なんてないと言われていたんですが、資生堂の方が道路工事をしていた人に聞いてくれて見つかったんです。瓦礫として捨てられる一歩手前で、無事譲ってもらうことができました。戦前のレンガだそうです。
作品の一歩手前にある「新しい豊かさ」を感じるオブジェクトたち
尾崎 これはお菓子の箱ですか?
宮永 ある日、家に帰ってお菓子の箱を開けたら、うちの子どもが箱の中に絵を描いていたのを発見したんです。ちょうどロシアのウクライナ侵攻が始まった時期で、当時は毎日のように悲惨なニュースが流れていて。そうした世界で起きていることを子どもにどうやって伝えていったらいいのかと頭を悩ませていたところなんですが、この絵を見て、なんと子どもは柔軟かつ軽やかなんだろうと思ったんです。深刻なニュースも天気予報も同じように移り変わっていくんだなと思い、その発見が自分の気持ちも変えてくれるし、生活の中で豊かさを感じることなんだなと。
この棚には、それぞれの作家が生活の中で感じる「新しい豊かさ」の種みたいなものが展示されています。種は杉戸洋さんのもので、杉戸さんはマンゴーを食べ終わった後に種をきれいに洗って眺めるのが好きだと。何のためにやっているのか自分でもわからないけど、そういうことをする時間に豊かさを感じるそうで。ミヤギフトシさんが作品の中でもよく使用している琉球ガラスのグラスや、私が標高5千メートルのチリで拾った、気圧のせいで形が変形してしまっているペットボトル等、作品そのものではないけど、その一歩手前の豊かな気持ちが感じられるものたちです。
尾崎 展示というと作家一人ひとりの作品を個別に見るようなイメージがありますが、作家同士の作品につながりを感じたり、作品になる前の種のようなものが見られるなんて、なかなかないですよね。前回の第八次椿会の展示を拝見したのが、ちょうど1年くらい前になりますが、前回よりもさらに作家さん同士がお互いに影響を与えあっているような印象を受けました。
宮永 そうかもしれません。グループ展にもいろいろあって、作家の主張がぶつかり合うような時もありますが、今回は普通の展覧会とはちょっと違いました。ミーティングをしていると、まずは建築家の中村竜治さんがパッと変化球を場に提供するんです。その球に対してみんなが呼応して次のアイデアを出していく。それがテレパシーのような感じで、すごく楽しいものづくりの仕方でした。
楽しいとはいっても、友だちのような感じではなく、近づこうとするとスッと離れていく。触れようと思うと離れるし、掴もうと思っても掴めない。すぐに結論を求めたり、確信に近づいていこうとしない。その絶妙な距離感が、ちょっと楽しいというか。さらに1年目はほとんどがオンラインミーティングだったから、会わないということで縮まった距離もあるし遠ざかった距離もある。
尾崎 こういう展示だとさりげない作品でも目立ったりするから探り合いがあるんでしょうね。インパクトが強ければいいというわけでもない。全体の空気は、作家同士がコミュニケーションをとりながら合ってくるものですか? それとも意識的に合わせていったんでしょうか?
宮永 みんな意識的に合わせているんだろうと思います。先ほど上の階段からが展覧会という話をしましたが、その意識が展示全体の空気をつくり出しています。今回だったらロープが全体に張り巡らされていますが、ロープって境界をつくるものですよね? でもこの空間におけるロープはあちらとこちらを隔てているのか、繋げるものなのか。それはロープのたわみや壁からの距離といったことで伝えていく。空間全体がひとつの作品なんだという意識で作品を見ていくと、また違った印象になると思います。でも、目の前の一つずつの物体が作品だと思う人には、ちょっとわかりにくい展覧会なのかなと。
尾崎 なるほど。ロープにしても、拒絶されている感じはなくて、誘われているような印象を受けます。この展示は、見る方にとって自由が多いというか、許されていることが多い展示だと思いました。すぐに答えを出さないわかりにくさって、特に今の時代にはと必要だと思います。
宮永 「わからないのっていいよね」って、今回展示している作家全員が共有していることだと思います。尾崎さんの曲や本を少し拝見しましたが、尾崎さんもわからないっていうことのよさを感じられる人なんだろうなと思いながら読みました。
──後編は近日公開します。お楽しみに!
宮永愛子(みやなが あいこ)
1974年生まれ。京都府京都市出身の現代美術家。第3回シセイドウアートエッグ出身。京都造形芸術大学美術学部彫刻コース卒業。東京藝術大学大学院美術学部先端芸術表現専攻修了。平成18年度文化庁新進芸術家海外留学制度によりエジンバラ(イギリス)に1年間滞在。第22回五島記念文化賞美術新人賞を受賞し、2011年からアメリカ・中南米で研修。日用品をナフタリンでかたどったオブジェや、塩を使ったインスタレーションなど、気配の痕跡を用いて時を視覚化する作品で注目を集める。主な個展「うたかたのかさね」京都市文化博物館(2020年)、「宮永愛子:漕法」高松市美術館(2019年)。2019年度文化庁芸術選奨美術部門新人賞受賞。アートエッグから初めての椿会メンバー。
会期:開催中~2022年12月18日(日)
会場:資生堂ギャラリー
住所:東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビルB1
開館時間:平日11:00~19:00、日・祝11:00~18:00
定休日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合も休み) 及び 8月16日(月)~23日(月)夏期休館
TEL:03-3572-3901
詳しくはこちら→資生堂ギャラリー公式サイト