Rocky’s report from Shanghai
2023.05.24
Vol.35 上海ガラスミュージアム「退火 ANNEALING」展へ。 ガラス工芸と現代アートの邂逅
文/令狐磊 Rocky Liang
翻訳/サウザー美帆
今月は上海ガラスミュージアムが主催する、ガラス工芸と現代アートの融合を表現するシリーズ展「退火 ANNEALING」を紹介します。退火とは、金属やガラスを十分な時間高温にさらしてから徐々に冷やして形を整える工程のこと。ガラスアートを制作する上で重要な作業であり、最終的なフォルムの決め手となるものです。この「退火 ANNEALING」展は2015年から始まり、過去にもさまざまな現代美術作家たちが、それぞれの視点で作品を制作してきました。
今回参加したのは、ソン・ドン(宋冬Song Dong)とイン・シウゼン(尹秀珍Yin Xiuzhen)。多くの美術評論家から今年最も見るべき展覧会だと称賛されています。
ソン・ドンは、母親と共に集めた1万点を超える生活用品を用いたインスタレーション作品「物尽其用Waste Not」が2009年にニューヨークMoMAで展示されて以来、世界的にも知られるアーティスト。彼の妻でもあるイン・シウゼンも、2010年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で中国人女性として初の個展を開催。記憶を留めた古い衣服を収めた「衣箱Dress Box」や、ファイバーアート作品などで有名です。
過去の豊かな経験から生まれた彼らのガラスを素材としたアートは、いずれも見応えがあります。ソン・ドンの屋外インスタレーション「退火不退火To Be or Not to Be」は、点滅する文字が曖昧な言葉の印象を鑑賞者に与えます。
屋外作品「無痕Traceless」は、サンドブラスト加工されたガラスのブロック。“壁影シャドーウォール”という概念のもと、鑑賞者は水に浸した筆でここに自由に何かを描くことができます。
窓スペースに設置されたブック型ガラス作品「無知Ignorance Glass Publications」は、出版物に対する作家の憧れを表現したもの。極厚のガラスはすべてソン・ドンの著書という設定になっています。
ソン・ドンはミュージアムに隠されていたガレージを発見し、そこでガラスの製造工程のビデオと生活風景を再現することで、物質に生命を与えるだけでなく、生活とアートをパラレルワールドのように存在させることも試みました。
無数のガラスの鏡とオブジェによる作品「無量Limitless」、ライトアップされた作品「筷道The Way of Chopsticks:品光」などの対比によって、ガラスという華麗で精緻な工業技術とアートの精神世界の融合という視点が、より強調されています。
ソン・ドンの哲学的な作品とは対照的に、イン・シウゼンの展示は、壮大な物語のもとに作家個人の経験や、微妙な色彩をよりシャープに表現しています。展示タイトルにもなっている「漣漪應力Ripple Stress」は、池に咲き乱れる蓮のよう。水滴や流水の痕跡は、彼女のファイバーアート作品を連想させます。
「大喇叭Big Horn」と「潜喉Submerged Throat」は、壁面に建築的生命を移植したかのような大きな作品。薄いオレンジとピンクの中間のような色彩のガラス作品は、鑑賞者に生身の肉体に触れるような感覚を与えます。
暗い空間に展示された作品は、このミュージアムの前身であるガラス機器工場にちなんで「涙器Tear Instrument」と名付けられ、思索のための展示となっています。それぞれのガラスの器は1cmずつ高さが違い、鑑賞者は自分の身長に合ったものを見つけ、細長い器の上に目を当てると、自分の身体にマッチしたガラスの内面世界を見ることができます。
「108 Breaths at the Shanghai Museum of Glass」は、この展覧会の作品がコロナの時期に創作されたことを鑑みたインタラクティブな作品。108人の参加者が「息」を残すことで、コロナ禍という特別な時期の空気が、永遠に記録されることになりました。
上海ガラスミュージアムは中国においてもユニークな存在です。ガラス工芸の技術の普及から子供たちへの教育までをテーマとし、国内外の作家のガラス展、古代ガラス展など幅広い展示を行っています。市街地の中心部から車で40分以上離れた場所ではありますが、さまざまな展示や体験を通して新たな感性を磨くことのできる、上海の価値ある文化的発信地のひとつとなっています。
2011年にオープン。敷地面積は約20,000平方メートル。かつては上海ガラス機器第一工場だった。CNNが選ぶ「中国で訪れたい3大美術館」に選ばれている。 住所:上海市宝山区長江西路685号。
http://www.shmog.org/