朝早い台所で
生臭い匂いを嗅ぎ
明け方まで点け通しだったヒーターを恨めしく思う
でも
雨が
これほど静かに降るのを知らなかった
空では鳶が旋回し
弧をずらしながら
屋根の端に消えてゆく
あれは
濡れた羽に
気が付いているだろうか
それともあれの高さには、もう――
窓に掛けた手が
ガラスよりも白む
私は
私の孤独に
たった今目覚めたところだよ
選評/文月悠光
朝早い台所で雨の気配を感じ、窓の外を見上げる。「見上げる」までの小さな動作にも、これだけ豊かな感情が滲む。語り手は、屋根の端に消えた〈とんび〉を「あれ」と称する。その呼びかけの中に、手の届くことのない「高さ」が含まれていて巧みだ。〈あれは/濡れた羽に/気が付いているだろうか〉。空を貫くような、語り手の強いまなざし。屋根や雨も遠い彼方、孤を描き続ける一羽を思い浮かべて。
最終連で〈とんび〉と語り手の距離はぐっと近づく。〈私は/私の孤独に/たった今目覚めたところだよ〉と語りかけるとき、一羽の孤高と、一人の孤独が重なるのだ。〈私〉は新しい今日に目覚めて、窓から飛び立とうとしている。
ちなみに「花椿」2020年春号の付録・花椿文庫では、作者の橘いずみさんの小詩集『煮魚を齧る』を読むことができる。オカダミカさんの挿絵も鮮やかだ。私もいち早く拝読し、推薦文を寄せた。現在、無料配布中なので、貴重な一冊をぜひ手にとって頂きたい。作者の詩人としての歩みにも注目し続けたい。