わたしの中に小さな南極がある
誰もいない静かな白い南極
わたしの南極は
まぶたの熱を冷ましてくれる
要らない思い出を凍らせてくれる
空回りした日の私を匿ってくれる
ひとりぼっちの南極で
真夜中のサービスエリアや
汚れたベランダと
静かに交信する
手紙を書くように
願いを込めるように
ひんやりしたサービスエリアで
自販機のホットココアを飲んでいる時
暗い部屋のカーテンを開けて
ベランダから見える灯りの数を数えている時
南極に最終電車が停まる頃
パーフェクトな子守唄が聞こえてくるのを待っている
誰にも見つからない
わたしだけの南極で
白い息を吐きながら
選評/暁方ミセイ
南極といえば、わたしはまっさきにペンギンをイメージします。インターネットで調べたら、北極にはペンギンが生息していないのだそうです。理由の一つは、地上に彼らを捕食する肉食動物がいるから。より寒い南極のほうが、ペンギンには安心して住める場所なのですね。
やこさんの詩の南極も、「誰もいない静かな白い」、孤独な場所です。でも、だから安心できる避難場所なのだとわかります。
ユニークなのは、「わたし」が南極から、サービスエリアやベランダと「交信」しているところ。肉体は、どうやらサービスエリアやベランダにあるようですが、「わたし」は南極に匿われているのです。ほんとうの自分と、みんなといっしょにそこにいるための自分には、交信するほどの遥かな距離がある。だけど、諦めることなく、ちゃんと繋がっているのですね。
第二連の、「まぶたの熱を冷ましてくれる/要らない思い出を凍らせてくれる」というのは素敵な詩句だなあと思いました。人と会ったあとの、あのどうしようもないざわめきを、わたしの中の南極が、消すんじゃなくて、凍らせてくれたら……。やこさんがこの詩を書いてくれたので、わたしの中にも「南極」が現れました。ささやかな、セルフケアの詩。やこさんにとって書かねばならない詩だったのだと思います。そういう詩に、いつも読み手のわたしも救われます。