次の記事 前の記事

今月の詩

2023.06.16

ベッドタウン・パレード

詩/向坂くじら

窓のそとから
夕食を待つリビングに
ひらひら明かりが入りこんで
ベランダに出てみればパレードである

黄色のトレンチコートを着た女が太鼓をたたく
二匹のプードルを連れた老人がステップを踏む
みな薄っすらと光っている 見ると隣の主人も
向かいの夫婦も ベランダに出てながめている
青いシャツでそろえた親子の父はベビーカーを
息子はポップコーンの車をそれぞれ押していく
右からやってきて
左へといなくなる

どうやら
わたしの帰りと同じ道を
パレードは進んでくるらしい
うちへの道はとてもかんたんで
駅からまっすぐ進み
理容院の三色ポールを右へ
墓石の並ぶ石材店をすぎ歯医者をすぎて
ベレー帽をかぶった男がトロンボーンを鳴らす
カチューシャをつけた少女ズボンをはいた少女
水筒をしょった少女三人で一枚の旗をかかげて
布が風にふくらむたびくすくす笑いあっている
わかば幼稚園をすぎイタリア雑貨店をすぎて
金木犀の花壇がつづく坂道を上りきったら
それでもう 見なれた家へと帰りつく
チュールスカートの男が長い棒を天に突き立て
猫背の青年が便箋ほどの紙を左右に投げ上げる
赤い前髪の女がわたしたちの家の前で転回し
するりと中へ入ってきてからは

パレードがぞろりぞろりそのあとに続いた
玄関を右へ
ソファをすぎ
ダイニングテーブルを回って台所を左へ
登山服の老婆はいい香りのする箱を両手に抱え
右手にレースの手袋をつけた男が口笛を吹いて
洗面所をすぎ食品庫をすぎて
また 玄関を出ていく
わたしは踊り場に駆け出たまま
お茶を
お茶とお菓子を出さなくちゃ
と考えていた
黒いマスクをつけた少年が日傘をくるくる回す
フードデリバリーのリュックの女が手拍子する

友だちによく似た女と
女の牽く 猫を八匹も載せたリヤカーを最後に
パレードは終わり
昇る笛の音と
点でできた残像が
夜のなかへ薄れて

わたし
あんなにたやすかった
家へと帰る道を
もうすっかり思い出せなくなっている
他人の顔した家のまんなかで

夫はまだ帰ってこない
何度確かめなおしても
鍵はかかったままだ