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今月の詩

2017.06.09

鳴き声

詩/岩見十夢

かえるの置物を手に取った二歳児が
その顔をしばらく眺めたあと
グオーグオーと
かえるの声を模していた
彼は本物のかえるを見たことがなく
鳴き声も聞いたことがなかった
ゲロゲロクワックワッだよと伝えるも
グオーグオーと鳴いていた

わたしは
もう十数年来の連合いである
陶製のかえるの鳴き声を
初めて聞いた

選評/高橋源一郎

陶製のかえるの鳴き声は?

二歳か三歳の頃の記憶は断片的に残っている。当時住んでいたのは田舎ではなく都市だったが、それでも、そんなに遠くないところに田んぼがあって、そこからかえるの鳴き声が聞えてきた。うるさいぐらいに。なんというか、声のシャワーみたいだった。いや、地鳴りのように、だったかも。いくら聞いても飽きなかった。布団の中で目を閉じ耳を澄ましていれば、勝手に世界が音を贈ってくれたのだ。さて、いまの二歳児はどうだろう。自然を喪失してしまったこんな世界では、音はもう聞こえない? いやいや、どんな世界になっても、彼らは、彼らのやり方で、音を聞き取ることができるのである。それが、おとなたちに聞えている音(ほんとうに聞えているのかどうかはわからないが)とは、まったく異なるものであったとしても。