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今月の詩

2022.11.01

遺影

詩/あち

見る人見る人が「イケメン」とつぶやく
その響きが線香の香りには
あまり似つかわしくないように思えて
思わずマスクの下の口角が上がる

「これ誰」の声もちらほら
遺影なのに誰だか分からない人もいるなんて
結構アバウトでいいんだと少しほっとした
お葬式は大人になってからは初めてだから

祖父は91歳まで生きた

91歳まで生きた祖父の遺影は
40代半ばの頃の写真で
僕の知らない姿でこちらを見ている
まだ誰の「おじいちゃん」でなかった頃の
祖父
棺の中でねむる祖父もまた
知らない人のように思えてくる
入れ歯を外した顔もねむっている顔も
初めて見たからかも

何故この写真なのか
91歳まで生きて40代の頃の写真なのか
僕は聞けなかったけど誰かが
やっぱり尋ねていたけど
こんな時はみんな小声になるらしく
聞き取れなかった

みんな口々に遺影の感想を言っていた
僕はケネディ大統領に似ていると思ったけど
そう思ったのは僕だけぽかったので
言わずにいた
おじいちゃんは僕だけのケネディ大統領

小6の時のお盆に
僕のお箸の持ち方を直しながら
「ゆっくり直せばいい」と
祖父は言った
その言葉通りのんびりしすぎたのか
未だにお箸の持ち方は直ってなくて
初デートのたびに相手の
箸の持ち方へのモチベーションに
ひやひやする大人になったよ

祖父の弟が祖父にそっくりで
言われなくても誰だか直ぐに分かった
結婚する時に養子にいってるので
僕とは違う苗字だそうだ
ふと周りを見回して思ったのは
ここにいる同じ苗字の人で一番若いのは僕だ
○○家最後の生き残りになる可能性が高い
ということに気がついて

僕が最後
僕ですべて終わらせてやる
なんてちょっと
絶滅願望が芽生えちゃったりして

40代になったら僕も遺影用の写真を
用意しておくのもいいのかもしれない
「イェーイ」とか言いながら
ポーズを決めて
イケメンの遺影を

その時にはもう誰も知らない
僕の姿を遺影に

 

 

選評/穂村弘

 「91歳まで生きた祖父の遺影」が「40代半ばの頃の写真」だという、一点の謎から詩の世界が動き出す。遺影は死者の近影でなくてはいけない、というルールはあるのだろうか。祖父の遺影が、81歳の、71歳、61歳の時の写真ならどうか。しかし、40代というのはやはり若すぎるようだ。「僕」にとっては、それはまだ「僕」が生まれる前の、「おじいちゃん」ではない「おじいちゃん」の姿ということになる。「イケメン」「口角が上がる」「これ誰」「アバウト」「入れ歯を外した顔」「ケネディ大統領」……、遺影の謎を巡って、悲しいはずの「お葬式」が奇妙なオーラを帯びてゆく。「○○家」を「僕ですべて終わらせてやる」という「絶滅願望」は直接的なものだけど、「その時にはもう誰も知らない僕の姿を遺影に」というラストには、祖父からの血の流れを裏返して継ぐような面白さがある。