次の記事 前の記事

今月の詩

2022.06.01

パートナー

詩/珂涙じゅん

蜘蛛が一匹、
狭いマンションの中に入り込んでいた

コーヒー飲んでもいい?
眉間の皺、すごいよ
いつまで仕事をやっているの?
もう、寝るよ

その蜘蛛は、
やたらに目の前を横切っては
話しかけてきているようだった

その蜘蛛は、
夜中、洗濯機を回した時に
慌てて出てきた
なるほど、洗濯機の下でいつも寝ているのだろう

その蜘蛛は、
時折、姿が見えなくなった
出て行ったのか
それとも洗濯機の下なのか
あるいはカーテンの影になったのか

その蜘蛛が、
ある日、窓の前で物思いに耽っていた

思うことはあったが、外に出してやった
これを機に、洗濯機の下を掃除しようと思った

しばらく寂しくなった

梅雨になり
雨の気配が近づいてきた頃
その蜘蛛は、また現れた
一体どこに通り道があるのか
平然と天井を歩きながら話しかけてきた

まだ仕事していたの?

洗濯機の下は、当分あのままにしておこう

 

 

選評/穂村弘

 部屋の中で、小さな「蜘蛛」を見かけることがある。この作品では、そのような現実の体験と、心の中の解釈が微妙にズレながら、一つのハーモニーを作り出しているようだ。詩の舞台となる世界が、家族と同居している一軒家では成立しないだろう。一人暮らしの「狭いマンション」でないと駄目そうだ。それから、もちろん他の虫ではうまくない。「蜘蛛」という存在に特有の神出鬼没感がポイントなのだ。ベタな見方かもしれないが、この説得力と魅力の背景には、「夜中」に「洗濯機」を回すような生活感覚と、孤独感があるのだろう。「その蜘蛛」という言葉の繰り返しも、特別感とシンパシーを高める効果を上げている。名前をつけるほどではない関係性がいい。「パートナー」というタイトルが最善かどうかは検討の余地がありそうだ。