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今月の詩

2021.08.01

書くこと

詩/春野たんぽぽ

スーパーがある
年中無休二十四時間営業だ

私は店内に入る
納豆が売られている
賞味期限も消費期限も
まだまだ余裕がある
お肉もお刺身も新鮮そうだ
野菜も瑞々しい
穴場の店であることは知っている
見つけるのに時間がかかった

制服を着たおばさんが私に笑いかける
にっこり
絵に描いたような
にっこり
私は目を逸らしてその場をあとにする
この場では目を逸らさないといけない

エプロンをつけたおじさんが
試食のウインナーをくれる
ひとつもらう
口を開け歯を立て
噛む
パリッと音がする
肉汁が溢れる
噛めば噛むほど旨味が口に広がる

「食べたね」
おじさんが私に言う
私はおじさんの顔を見る
「食べちゃったね」
またおじさんが言う
「食べたらもう元には戻れないよ」
おじさんがうれしそうに言う

にやり
私はしめしめとおじさんに笑いかける
にやり
おじさんが面食らった顔をする

スーパーがある
知っている
ここの食品を
特にこの肉の塊を食べたくて
ここに来たのだから

 

 

選評/大崎清夏

 まず、「書くこと」というタイトルと、スーパーでウインナーの試食をするまでの行動を克明に綴った本文とのギャップにたじろぐ。スーパーというのはたいてい近所にあるもので、嫌でも視界に入ってくるのに「見つけるのに時間がかかった」っていうのも謎だし、制服のおばさんの笑顔から「目を逸らさないといけない」という秘密めいたルールも謎だ。肉汁の溢れるウインナーは、まるで禁断の果実のように、エプロンをつけたおじさんから手渡される。ほんとうにここはスーパーなんだろうか。
 多かれ少なかれ書くことを頼みの綱にして生きている春野たんぽぽさんや私のような書き手にとって、いちばんおいしい「肉」は言葉だ。いちど食べてしまった言葉を「食べたらもう元には戻れない」のはむしろ望むところ。私たちの肉体を新鮮な言葉で変容させてくれる食材を売る店、見つけづらい場所にあるスーパーとは、もしかしたら言葉を売る店——町の片隅にひっそりとある書店の暗喩なのではないだろうか……。そんな深読みを許すひとつひとつのミステリーが愉快だし、出てくる食べものが清潔でおいしそうだ。私はあべこべに、近所のスーパーにウインナーを試食しにいきたくなってしまった。