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偏愛!資生堂

2019.04.10

第30回 山崎ナオコーラ × アネッサ

文/山崎ナオコーラ

私の小学生時代には「我慢を教えるのが教育」という雰囲気がまだあって、運動会に向けて長時間の練習が何度も行われた。校庭の真ん中で整列して、暑さや渇きに耐えながら、他の学年の練習が終わるのを体育座りでひたすら待つ、という意味のない時間がいっぱいあった。日光を浴びる自分の足を見つめながら「私の肌を焼く権利は他人にないのに」と思ったのを覚えている。肌の色がどうこうというより、自分の意に反して身体を変化させるのが嫌だった。美やおしゃれに興味はなかったが、自分の身体のことは自分で決めたかった。

大人になってからは自分で決めたことが大分できるようになり、日やけ止めのアネッサは身近になった。アネッサと言えば「エビちゃん」だ。CMに出ていた。蛯原友里さんは私と一歳違いで、世代的に馴染みやすい。ただ、「かわいい」に向けてまっすぐに努力しているエビちゃんと、作家になってメディアに写真が出たら「ブス」とバッシングされてひねくれた私は、真逆の世界にいる。でも、ブスだって、日やけしたくない人は、日やけ止めを塗っていいはずだ。ブスでも、自分の身体は、自分のものだ。

 二年ほど前、義実家に宿泊して、その翌日、急に「水族館に行こう」となり、義両親と夫と子どもと五人で水族館までの道を歩いた。途中、信号の横にドラッグストアがあるのを見かけ、
「ちょっとそこのドラッグストアで日やけ止めを買ってきます」
 とアネッサを買ってきた。義両親を待たせてまで買わなくても、と思わないこともなかった。子ども用の弱い日やけ止めは持参していたので、子どものためではなく、自分のためだ。そもそも、日焼けを気にするような顔ではない。だが、義両親が優しい人たちなので言いやすいことと、「自分のことも大事に」という想いが私に強くあることがあって、買ってきた。

最近、エビちゃんがアネッサのCMに復活して、子どもと一緒に使えるという新商品を紹介している。ちょっと気になる。
 

Photo/Chihiro Tagata

山崎ナオコーラ

作家

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら執筆した『人のセックスを笑うな』(河出書房新社)で文藝賞を受賞し作家デビュー。小説に『ニキの屈辱』、『趣味で原いっぱい』(ともに河出書房新社)他多数。エッセイ集に『指先からソーダ』(河出文庫)、『かわいい夫』(夏葉社)、『母ではなくて、親になる』(河出書房新社)、『文豪のお墓まいり記』(文藝春秋)など。絵本に『かわいいおとうさん』(絵 ささめやゆき、こぐま社)がある。
https://twitter.com/naocolayamazaki