実家の家業である古美術商の店の向かいの4坪からスタートした小さな自分の店。
有難く新たなご縁をいただき4年前に祇園南側に移転。
あっという間に10年という月日が流れました。
若くして結婚、子育てと右も左も分からぬまま無我夢中で主婦を頑張った15年。少し時間に余裕ができるにつれ焦りもあったのでしょう。自分自身の中で何かもう一度ゼロから頑張れるヒントを求め、生まれて初めてたった一人で東京へ一泊旅行を計画したのでした。
家族から離れ初めての一人旅。
新幹線に自分が乗れたことでさえ嬉しくて、不安とワクワクした気持ちは今でも忘れられません。
窓の外の移りゆく景色を眺めながらよく考えてみたら真面目に一人で何かをやり遂げたことなんて受験と出産くらいなもので…。さあ今の自分に何ができるのか…さまざまな思いを馳せながら東京に着きました。
そして銀座へ。
もう歩いているだけで気持ちが高ぶります。
玄関のドアをそーっと閉め家族を残して出かけた罪悪感はいつの間にやら
この街に一人で立っていることが信じられないくらいの嬉しさと喜びに変わっていました。
錚々たる世界のメゾンと言われる路面店が立ち並びます。
すれ違った老舗の御主人らしき御老人は三つ揃いのスーツ、胸にはチーフとネクタイ、おまけに眼鏡まで色を合わせ背筋もしゃんと美しく、この街の景色のワンシーンのために彼は生きている様にさえ思えたのでした。
そして私は偶然にもハウス オブ シセイドウの前に立っていました。
何も知らず初めて訪れたこの場所でSHISEIDOという見慣れたロゴに、なぜかほっとしたものの私が知るお化粧品屋さんという気配は何ひとつなく不思議に思い、中の様子をうかがいながら入ってもよいのかさえ分からぬまま入って行きました。
そしてここが資生堂の本社でもあり、文化発信施設であることを後に知りました。
中では展覧会が開催されていました。
「口紅のとき」
この展覧会のタイトルです。
今日は急いで家に帰ることもありません。
今日は何時までに何かをしなければいけないこともありません。
私の「とき」は私だけのものなのだと心の中で呟きながら、この展覧会を思う存分楽しむことにしたのでした。
口紅をテーマに書き下ろされた角田光代さんの短編小説と、そのテーマのために撮り下ろされた写真家の上田義彦氏の美しいモノクロの写真が展示されています。
そして壁一面に小説が印字されたとても大胆な趣向です。
あんなに長時間作品と向き合った展覧会なんて今の所、最初で最後です。
そしてそれはなんと偶然にも私が1週間前に大切に読み終えたばかりの作家二人の共演だったのです。
初めての一人旅。
東京を選んだのがなぜだったのかも分かりません。漠然と何かを求めて思い立った偶然が重なりその瞬間がありました。
「首尾一貫したテーマをひとつ持ってごらん。その軸が必ずヒントとなってさまざまな答えを導いてくれるから」
銀座に一人ポツンと降り立った何も知らない自分が、あるビルの前に立ち、見慣れたロゴを見つけ、商品という軸だけでは伝えられない形のない何かを美しく表現し伝える素晴らしさを教えて貰えた瞬間でもありました。
思い出深い大切な大切な旅となりました。
私のSHISEIDOは新たな自分のスタートの一部でありました。