好評をいただいている連載「マイ・ゼロ・ストーリー」。
花椿編集室がいま会いたい人にお会いして、その方の現在の活動の原点となった出来事や刺激を受けたこと、そして現在とこれからについてなど、たくさんのことをお聞きします。
第7回は、舞台、映画、ドラマなどの制作現場で、キス、ヌード、セックスなど、センシティブなシーンでの俳優の心身のケアを専門とする、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんです。
映画や舞台などの制作の現場の通訳からインティマシー・コーディネーターへ
舞台、映画、ドラマなどの制作現場で、キス、ヌード、セックスなど、親密なシーンでの俳優の心身のケアを専門とする、インティマシー・コーディネーター。世界に複数専門団体があり、英語のみで資格取得が可能なため、現在、アメリカのインティマシー・コーディネーター団体IPA(Intimacy Professionals Association)に所属する日本人コーディネーターは2名のみ。そのうちの一人が、もともと映画や舞台などの制作の現場で通訳をしていた浅田智穂さんだ。彼女がこの仕事を始めるようになったのは、主演俳優の水原希子さんの提案で、日本で初めてインティマシー・コーディネーターを導入したNetflixオリジナル映画『彼女』がきっかけだったという。アメリカのインティマシー・コーディネーター団体IPAでのトレーニングを受け、資格を取得し、本作にかかわってもらえないか、とNetflixからオファーを受けた。予想外の機会に驚くと同時に、ただことばを伝えるだけではなく、双方がコミュニケーションをしやすい場づくりを通訳の仕事として捉えてきた彼女は、これまでのキャリアを活かせるという確かな予感から、現在の道へと進んだ。
「通訳の場合、クリエイティブスタッフと俳優との間にことばの壁があり、あくまでも意図を伝える役割なのですが、身振り手振り、表情、声のトーンなどによって伝え方にもさまざまなニュアンス、個性が出てくると思うんです。例えば、演出家に質問しやすいような環境をつくっていく仕事でもあって。インティマシー・コーディネーターも、たとえなんでも話せるいい関係があっても、話しづらいこと、伝えづらいことが出てきたときに、具体的に噛み砕きながら話し合うためのツールとして私がいる。いい環境をつくることから、結果的にいい作品を生み出すことにつながるという意味では、すごく通訳と共通点があるとやりながら実感しています。もちろん、作品の良し悪しを判断するのはお客さんなんですけどね。好きな俳優が安全に撮影されているというメッセージ性が根底にあると、安心してインティマシー・シーンが見られるかもしれないし、それは画面から伝わるんじゃないかなと」
感情を肉体で表現するセックスという行為は、パーソナルなもの。正解、不正解と判断できないからこそ、シーンとして具体化することは難しい。それゆえ、これまでは俳優の個人的な経験値に頼られてしまうことが多かったのでは、と浅田さんは指摘する。
「俳優にとって、ほぼ裸の状態で身体と身体のぶつかり合いをするシーンは、アクションより怖いものとも言えますよね。でも、怪我のリスクがあるアクション・シーンは、専門のコーディネーターと相談し、万全な安全対策をしてリハーサルも重ねる一方で、インティマシー・シーンのリアリティだけは、『ちょっとやってみて』と俳優に全てを委ねてしまう場合がある。お芝居をする上で、演じる方の今までの経験は滲み出てくるものですし、それがその人の味、色みになるのもわかるんです。ただ、その経験はあくまでも活かすものであって、それを大前提に頼るものではないと私は思っています」
ハリウッドの「#MeToo」運動を発端に、2018年頃から撮影時にインティマシー・コーディネーターが各国で積極的に起用されるようになった。ここ日本のプロダクションにおいても、その役割は徐々に認知され、導入する作品も増えている。話題性だけで終わらせることなく、今後いかに定着させていくかが浅田さんの挑戦でもあるという。
「インティマシー・コーディネーターも、撮影部、照明部、衣装部、メイク部と同じで、作品をつくっている1スタッフなので、安心、安全な現場が増えて、いることが普通になってほしい。現時点で日本で育成できる機関はないため、今後、私たちインティマシー・コーディネーターが掲げる、私たちがいない現場でも参考にできるようなガイドラインも検討中です。YesかNoだけでは片付けられないことがたくさんありますから、とにかくコミュニケーションが大事。まずは相手の立場になって考えて、一つひとつ確認していく。それが基本だと思ってます」
花椿編集室からのQuestionに、浅田智穂さんが答えてくれました
Q . 子供のころの夢は?
Q . 落ち込んでいる人に声をかけるとしたら?
Q . いま、行ってみたい場所は?
Q . 「美」ということばからイメージすることとは?
浅田智穂
1998年、ノースカロライナ州立芸術大学卒業。 2003年、東京国際映画祭にて審査員付き通訳として参加したことがきっかけとなり、日本のエンターテイメント業界と深くかかわるように。以降、通訳、翻訳、キャストの英語台詞の指導などを担当。2020年、IPAにてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。Netflix作品『彼女』において、日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加。現在も複数のプロジェクトに携わる。
https://www.chihoasada.com/
インタビュー、文:小川知子