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蓮沼執太の月一音一盤

2022.02.15

蓮沼執太の月一音一盤 今月の一枚、Nala Sinephro "Space1.8"

文/蓮沼執太

 

今月のテーマは「おやすみ」です。

2022年もあっという間に2月となりましたが、昨年印象に残った音盤はあっただろうか?と思い返してみました。今月は、昨年の秋になんの事前情報もなくリリースされたナラ・シネフロのアルバム『Space 1.8』を紹介します。ロンドン拠点のカリブ系ベルギー人でもあり、音楽レーベル「WARP」から発表された作品であることから大きな驚きと共に注目されました。この音楽は、静けさの中から音が立ち上がっていき、いつの間にか自分の空間が音楽に覆われている。そんな感覚を最初に受けました。

どこか懐かしい景色が広がっていながらも、
どこか新しい場所に連れて行ってくれる。

いま面白い音楽が生まれていると感じました。

年明けに「Jazz The New Chapter」シリーズの監修を担当されている柳樂光隆さんによるインタビューが発表されました(インタビューはこちらから)。ナラ・シネフロのアルバム制作における環境や心情を話していて、アルバムに通じる印象を本人からも感じました。その言葉から、ハープ、シンプルなシンセサイザー、周りの音楽仲間と作り上げたパーソナルな作品ながらも、自然に、そして緻密に構築されたサウンドワークの謎が少しひもとかれていきました。

新しい年がスタートしたのにもかかわらず、昨今の世界の動き、ニュースは決して良い報せが多くはありません。この数年で一気に地球全体が疲れ切っているように感じます。人間は相変わらず速いスピードで物事を動かしています。それに付いていくだけでも大変な時間感覚です。そんなせわしない状況で、彼女の音楽を聴くと、ふと休まる気持ちになります。それは「癒し」や「リラックス」とは異なる「落ち着いた気持ち」です。先述のインタビューの中でも、リード文にもなっている大切なキーワードがあります。それは、

「音楽を奏でるのは瞑想的なこと」。

全身の力を抜いて、自分の中の気持ちを空にするように、または何かに祈るような状態だけが瞑想ではありません。僕自身は彼女の音楽自体はいわゆる「瞑想的」とは感じません。しかし、作曲家が音楽を奏でることを自然に「瞑想的」と言葉にするのは、ある意味で嫉妬を覚えます。例えば、僕自身は音楽に対して直接的に神秘性や瞑想的な感情を持ち込まず、どちらかと言うとそういった要素を取り除いていって、自分が今いる場所に音楽を落とし込むような作業に時間をかけています。もちろん自分が無宗教という要素もあるわけですが、彼女の音楽を聴き、言葉を読んでいると、もっと音楽から自由になれそうだ、という気持ちになりました。実際に作業中に根を詰める作業をしてから帰宅後、ヘトヘトになってしまい、瞑想をしたそうです。その後に10分で曲を書いて、そのまま寝た翌日に、出来上がった曲をほかの人に聴かせたら 「いいじゃん!」となったそうです。そんなアルバム制作におけるエピソードのユニークさも、音楽にも感じる部分があります。音盤とインタビューの両方を楽しみながら、彼女の世界に浸かってみてください。

それではゆっくりと「おやすみ」してください。

蓮沼執太

音楽家

1983年、東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外での コンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュース などでの制作多数。近年では、作曲という手法をさまざまなメディアに応用し、映像、 サウンド、立体、インスタレーションを発表し、個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行っている。2014年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)、2017年に文化庁東アジア文化交流使として活動するなど、日本国外での活動を展開。主な個展に『Compositions』(ニューヨーク・Pioneer Works 2018)、『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)など。最新アルバムに、蓮沼執太フィル『ANTHROPOCENE』(2018)。『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)では、『平成30年度芸術選奨文部科学大臣新人賞』を受賞。
http://www.shutahasunuma.com/