今月のテーマは「集まり」です。ブラジル音楽の名盤、シンガーソングライター のミルトン・ナシメント『 Clube Da Esquina』を紹介します。
1972年リリースの作品。大名盤なので、今更ぼくがいろいろと言葉にする必要もないほどのアルバムです。しかし、だからこそ、いま花椿を読まれている方々に聴いてほしいアルバムだと思い選盤しました。このアルバムは、ミルトン・ナシメントとその街のミュージシャンが集まって演奏した結晶と言ってもいいかもしれません。豊かな演奏も聴きどころですが、ミルトンの伸びやかなメロディーとファルセットは、空にのびるような美しさをもっています。バンドアンサンブルの独特なコード進行、オーケストレーション、サウンドワークもとてもユニークです。
アルバム・タイトルの意味は「街角クラブ」です。どこの街角なのでしょうか。そこはリオデジャネイロの北に位置するミナス・ジェライス州(以下、ミナス)。ミナスは山岳地であり、金やダイヤなどの鉱物資源が採れることで、ゴールドラッシュが起こりました。アフリカ大陸から黒人が労働力として連れてこられ、カトリック教がこの地に広がっていきます。山で声を出すと「ヤッホー、ヤッホー‥‥」とエコーがかかりますよね。やまびこのように天然のリバーブやディレイがかかって、気持ちがいいですよね。そういう環境だからこそ、その土地でしか生まれない、このミナス・サウンドが出来上がってきたのでしょう。この場所で活動しているミュージシャンは「ミナス系」と呼ばれたりもします。その代表的なシンガーがミルトンです。その瑞々しいサウンドワークの根底には、1960年代中盤からブラジル軍事政権の独裁がはじまったこともあり、元々あった柔らかく牧歌的に小声で歌うようなボサノヴァとは異なった音楽が生まれてきたことがうかがえます 。同時期に「トロピカリア」と呼ばれるカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、トン・ゼーなどによる音楽をはじめとした芸術ムーヴメントが起こりましたが、彼らは直接的な政治的運動とロックやサイケデリックな流れをもった音楽であったのに対して、土着的なオーガニックな音づくり、アフリカから来た音楽、ヨーロッパの中世・ルネサンスの教会音楽、そしてビートルズのようなタイトなロックが混じり合っている特有な音楽性です。そして、このアルバムはミルトンとロー・ボルジェスとの共作です。同年リリースされたロー・ボルジェスのデビューアルバム、その名も『ロー・ボルジェス』もサイケデリックなロックをタイトに響かせながらも、メローなナンバーも聴かせてくれる必聴盤です。
半分以上の曲をミルトンがつくっていますが、その他はロー・ボルジェスの作曲もあり、歌唱もしています。ジャケットの写真の2人の子供たちは、ミルトンとローを彷彿とさせます。ただ、このアルバムは2人だけでつくられているのではありません。そう!「街角クラブ」です。この街に住むミュージシャンで作られたアルバムなのです。これまでミルトンはアメリカやブラジルなど、名があるミュージシャンとのクリエーションをしてきましたが、それに対して、完璧にローカルな人選で作品を作りました。アライヂ・コスタがボーカルとして、ベト・ゲヂス、トニーニョ・オルタなどの後にミナス・サウンドを発展させていく人々と一緒に、ローカルな音楽を作り上げました。とても自由な集まりであり、コミュニティでもある環境がここに作られました。この時代に生まれた音楽は、現代シーンでも輝きを持っています。日本でも人気のあるサンダーキャットの楽曲にも参加するギターリストのペドロ・マルチンスは、「街角クラブ」にも参加していたトニーニョ・オルタとも共演をしています。こうやって音楽のコミュニティは場所や時代の流れに合わせながらつくられて、大きな川のように今の時代にも流れています。現代のブラジリアン・ジャズやブラジル器楽音楽もとても刺激的です。ぜひチェックしてみてください。さまざまな「集まり」を聴くことができるでしょう。