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蓮沼執太の月一音一盤

2021.11.20

蓮沼執太の月一音一盤 今月の一枚、テリー・ライリー『A Rainbow in Curved Air』

文/蓮沼執太

 

 今月のテーマは「解放」です。

 池袋と目白の間に位置する、フランク・ロイド・ライトの設計による自由学園明日館。その講堂は遠藤新さんによる設計で1927年に完成したそうです。大学生だった僕はその明日館講堂にテリー・ライリーの演奏とトークを聴きにいきました。当時20歳そこそこの自分とテリー・ライリーは70歳。音楽家の藤枝守さんが監督された公演でした。300人ほどが入る会場に多くの人々が駆けつけていました。みんなが彼の音楽を心待ちにしている雰囲気いっぱいの空間を今でも忘れられません。テリー・ライリーは主にピアノを演奏して、タネンバウムさんによる開放的で豊かなギターの響き、「ビート経文」といういわゆるビートニクの詩人、ジャック・ケルアックの詩に演奏をのせたりした刺激的なセッション、髙田みどりさんのパーカッション、西陽子さんの琴、石川高さんの笙というアンサンブルには今まで体験したことがない複雑な音のテクスチャーを感じたことを鮮明に覚えています。音がある空間で未知なる世界に引き込まれる、という体験ははじめてだったかもしれません。その体験は、僕が音盤で聴いてきたフィリップ・グラスやスティーブ・ライヒなどの音楽に形容される「ミニマル・ミュージック」という型ではなく、より解き放たれた自由な音楽でした。テリー・ライリーの音楽には聴く人を「解放」させる力があるんだな、とこのとき感じました。 

 代表作といえば「IN C」です。1967年に作曲されて、53のフレーズ断片を奏者が自分で選び取り演奏していく方法で、反復が生まれながらも、少しずつ変化していく展開をもった楽曲です。僕がコンダクトするオーケストラ、蓮沼執太フィルでも「IN C」の断片スコアを使った演奏を数回行ったことがあります。断片とはいえ、短いフレーズの中に強く印象的な音の響きが含まれていて、そのフレーズに入った瞬間に空気がガラッと変わります。断片に存在するひとつひとつの音に、ギュッと強い想いが込められているのだと感じました。音楽が偶発的に生まれていく過程が楽しめるように、成り立ちのプロセスを重視した楽曲構造はとても今日的です。

 前口上が長くなりましたが、今月の一枚は、テリー・ライリー『 A Rainbow in Curved Air』

 1969年にリリースされており「Poppy Nogood and the Phantom Band」という楽曲も収録されています。電子オルガン、ハープシーコード、打楽器などの即興演奏が多重録音されています。「IN C」から引き続き、コンピューター音楽のパイオニア、デヴィッド・バーマンがプロデューサーになっています。一音目のオルガンの反復フレーズから世界が開かれていきます。物語の始まりを想起させる複数のフレーズの上に、さらにキラキラと高い音域のオルガンが共鳴していきます。時折、パチパチと両耳から聴こえる音はタンバリン。とても無機質に耳に入ってくるタンバリンの質感、それと対照的に奏でられる高速のオルガンはどこか有機的に響きます。旋律の雰囲気はインド的でもあり、ビート・ジェネレーションを経て、カウンター・カルチャーへの流れが音楽として現れているのかもしれません。が、僕の生まれる前の思想は書物などでしか理解はできませんが、今日的な「耳」でこの音楽に入っていくといろいろな表情があることがわかります。まずはミニマルなフレーズの反復によって感じるテクノ・ミュージックのニュアンス。長いオルガンの響きはアンビエント・ミュージックを想起させます。高速の打楽器は民族音楽を経由したニューエイジ・ミュージックです。そして、オルガンのフレーズは70年代のプログレッシブ・ロックそのものです。この楽曲から、いろいろな要素が引き抜かれて、さまざまなジャンルの音楽に転化されていることがわかります。つまり、聴いていて、まったく古くないのです。
 
 サウンドのよいスピーカーがあるクラブで大爆音でこの曲がかかっていることがありました。ポコポコと鳴る打楽器の応酬に、こだまするオルガン、低いベース音がミックスされて、どんなクラブ・ミュージックよりも中毒性がある深い音像を感じたこともあります。その体験は、シチュエーションは違えど、はじめてテリー・ライリーの演奏を聴いた時と同じように、どこか日常の自分から解放された気持ちを感じました。音楽にはこうやって違った場所に連れていってくれる作用もあるのだと思います。

 そんなテリー・ライリーの名前を近年「日本語で」よく見るようになりました。コロナ禍に日本に移住され、活動をされています。フェスティバルに参加されているなど、精力的な動きにファンである僕も嬉しく思います。先日、僕のコラボレーターである灰野敬二さんからもテリー・ライリーとイベントでご一緒されたようで、音楽家として互いにリスペクトされているお話を伺いました。現在86歳でありますが、さらに僕らを魅了する音楽体験を創造されることを期待します。

 

蓮沼執太

音楽家

1983年、東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外での コンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュース などでの制作多数。近年では、作曲という手法をさまざまなメディアに応用し、映像、 サウンド、立体、インスタレーションを発表し、個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行っている。2014年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)、2017年に文化庁東アジア文化交流使として活動するなど、日本国外での活動を展開。主な個展に『Compositions』(ニューヨーク・Pioneer Works 2018)、『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)など。最新アルバムに、蓮沼執太フィル『ANTHROPOCENE』(2018)。『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)では、『平成30年度芸術選奨文部科学大臣新人賞』を受賞。
http://www.shutahasunuma.com/