今月のテーマは「追求」です。独特なブルーの中にイエローで「this heat」の手書き文字。一度見たら忘れられないほど、シンプルで強い個性を感じます。THIS HEAT は、イギリス・ロンドンのバンド。1976年に結成され、82年に解散をしています。ギター、ベース、ドラムから成る3人組で「ポストパンク」や「実験音楽」というジャンル分けをされていますが、パンク自体に「ポスト」があるのか、また音楽はそれ自体がみんな実験をしながらつくり上げているのだから、どんな音楽だって「実験音楽」なのではないか?という疑問もあるので、ここではTHIS HEATを特定の音楽ジャンルにくくることは、あまり意味をあまり意味をなさないので控えます。
僕は、初めて彼らの音楽を聴いたときに衝撃を受けました。とにかくすべてが新しく感じました。この彼らのファーストアルバムは1979年リリースなので、70年代後半に制作されたものです。なのに「今まで聴いたことがない!」と思ってしまう、サウンドワーク。当時の主流だった、パンク・ロック、ニュー・ウェイヴなどのバンドサウンドを完全に逸脱しており、ノイズ・ミュージック、ダブ、民族音楽のような雰囲気も感じました。さらに、それを機械が演奏するのではなく、人間が手作業で音をつくって、フィジカルに演奏していることに強く感銘を受けました。そこで生まれる音にありきたりな音はありません。
このアルバムは、食肉の冷蔵施設だった建築物を借りたりしてさまざまな場所で、即興的なセッションを重ねて録音していき、構築された音源です。シンプルなギターのリフ(繰り返される音のフレーズ)に、ミニマルなドラムのビートが重なり、時折ちょこっとしたメロディーの歌が聞こえてくる。非常に不思議なつくりになっています。小さなノイズが反復しているかと思えば、轟音のノイズが急に訪れて、重たいドラムのリズムが始まる。また平穏がやってくると、少し遠い距離でガムランのような鉄をたたいている音が空間に響き渡る。録音場所となっていた建物の雰囲気が、この音となって僕らの前に現れている気がしていきます。
彼らの音楽は、爽やかであったり、聴いていて気持ちがよくなったり、リラックスができるような音楽ではないのですが、この唯一無二なサウンド・プロダクションは、現在の音楽のつくり方の元祖のようで、さまざまな手法が多々試みられています。例えば「24 Track Loop」という楽曲があります。オルガンとドラムのリズムがミニマルに、ダンスミュージックのように展開するストイックな雰囲気を持っています。これは、2本のマスターテープをループさせることで、フレーズをつくり出し、それを大量のマイクで集音して録音し直して、再度構築しています。と、このようにテキストでつくり方を書いていても「どういうこと?」と思ってしまいそうですが、一度テープに録音した音を2つ同時にループ再生をして、ただ記録するのではなくて、マイクを使ってさらに変わった音質になるようにしていった、ということです。一癖も二癖もある、ある意味では思考がねじ曲がったようなプロセスですね。この複雑なプロセスで生まれる音づくりは、現代の音楽制作環境に近くて、この段階であらゆる実験をして、彼らなりのオリジナルな音をつくり上げています。
新しいものをつくることに成功も失敗もないと僕は思います。結果を気にせずに追求することで見えてくることがあります。その上で、エラーが起こったときは、その原因を見つけて、つぎに活かして、コツコツと積み上げていくしかありません。自分でひとつひとつ探りながら、試しながら、作業を進めることには、自分では想像もしえないような発見があります。現代社会は、いろいろなエラーが起こらないようになっていますが、それには良い部分と悪い部分があります。物事を追求することで思いも寄らないエラーを発見して、より深みのある人生にしたいな、とTHIS HEATを聴きながら思います。オリジナル・アルバムは2枚と少ない彼らですが、どれも鋭い音楽で、(何度も言いますが)今まで聴いたことがない音楽だと思います。ぜひ聴いてみてください。