アレサ・フランクリンは「ソウルの女王」と、よく紹介されています。確かにエネルギッシュで真っ直ぐで強い歌声から「女王」という言葉が似合いますし、個人的にはしなやかで柔らかい印象をもっています。アメリカのメンフィスで生まれ、デトロイトで育ち、父は牧師、母はピアニストでありシンガーでした。幼いときからゴスペルを聴いて育ち、父親の教会の聖歌隊に入り歌い、14歳でレコーディング・デビューをして、18歳で正式なデビュー・シングルを発表し、スマッシュヒットをあげています。クララ・ワードやサム・クックなどのゴスペルシンガーが家に歌いに来ていた、というエピソードからも豊かな音楽経験をしていたことがわかります。R&Bチャートからポップチャートへも勢いよく登り詰め、80年代以降もコンテンポラリーな音楽要素を取り入れてヒットを続け、2009年にはバラク・オバマ大統領の就任式式典にて歌唱をしました。2018年8月に76歳でその生涯を閉じました。数多くのアルバムや伝記もあるので、僕がここで新しい事実などを紹介するまでもないのですが、今月はアレサ・フランクリンの1972年フィラデルフィアでのライブ盤『Oh Me Oh My: Aretha Live in Philly, 1972』を紹介します。「ソウルの都」と呼ばれるフィラデルフィアにて披露された14曲が入っています。前年1971年にグラミー賞を受賞しており、この1972年は彼女の絶頂期とも言える時期だと思います。また『Aretha Live at Fillmore West』というライブアルバムもあるのですが、アレサは長い活動期間だったにもかかわらず、ライブ盤は少ないので、このアルバムも貴重です。ゴスペルなフィーリングではなく、このライブではポップなアレンジでの演奏が多い。イントロからオーケストラが会場を盛り上げ、ヒット曲やメドレーを交えて、スピーディーに展開する構成です。バーナード・パーディによる激しいドラムとチャック・レイニーのベースによる完璧グルーヴィーなリズム隊に飛び乗った、アレサの堂々たるボーカルとピアノ演奏は「一夜のショー」という旅行に連れていってくれるような気分になります。
このアルバムを聴いていると、ステージに上がっているような不思議な錯覚におちいります。当たり前ですが、通常のライブアルバムはオーディエンスがいるスペースから録音したような音像なのですが、これは少し趣が違っていて、ステージに上がって何か自分も楽器を弾いていて、その場所から演奏を聴いているかのような「生」っぽさがあります。とても不思議な感覚です。この1年ほどコロナ禍で、生演奏で音楽を聴く機会がとても減ってしまっています。僕自身が企画するコンサートもインターネットで配信をすることで、オーディエンスにライブを届ける、というチャレンジをしています。そこで気になるのが、僕らが奏でている音は一体どこで聴かれるのだろう?ということです。コンサートホールだとしたら、一番最上階の真ん中の席?またはステージ目の前の席?演奏中会場の響きを感じているものの、聴く場所が異なれば、聴こえてくる音は変わってきます。そういう視点をもって改めてこのアルバムを聴くとこのライブアルバムの視点(聴点)はどこなんだろう?と気になりました。ある一夜の記録がこのアルバムには閉じ込められています。再生ボタンを押すと、スピーカーから熱気が漏れ聞こえてきます。会場の熱さが音となって伝わってきます。それに呼応するようにバンドが空間に音を放っていく。1分半ほど経つとアレサが登場し、一気にボルテージは最高潮。ライブアルバムというのは、何もよい演奏だったから記録として録音を残そう、というわけではないと思います。技術優先で記録されたアルバムにはあまり興味が湧きません。でも、このアルバムにはオーディエンスの熱気もレコーディングされていて、アレサ・フランクリンたちの演奏と一緒になって、音を奏でています。ライブ空間の中で、音を演奏し、音を聴く、という双方の関係があることで音楽が成立していることが肯定されています。その関係性には根源的なよろこびを感じます。ということで、今月のテーマは「ライブ」でした。アレサ・フランクリンには美しい名曲がたくさんあります。ぜひ彼女の歌声を聴いてみてください。