2020年に花椿本誌で音楽レビューを担当していましたが、今月からこのウェブサイトでの連載をスタートさせます。
毎月、テーマを設けて作品を紹介していきます。せっかくこのような場所をいただけたので、連載が続いていくことで、そこから大きなテーマが見えてくるようなものにしたいと思っています。音楽というのは時間芸術であり、基本的には「時間」という拘束からは逃れられないものです。なので、これを読んでいるあなた次第で、見えてくる/聞こえてくる景色も異なるかと思います。
第1回のテーマはコミュニケーションです。紹介するのはトータス。亀です。日本人ならば「亀」とつくことわざをたくさん知っていますよね。「亀の甲より年の劫」は長年の経験は貴重であるということ。「亀の年を鶴が羨む」は千年の寿命を持つという鶴だって、寿命が万年と言われる亀を羨ましがる。つまり、欲に限りのないことを言い表しています。ことわざからも、亀は長生きする、ということがよくわかりますね。つまり亀は時間と密接です。前置きが長くなりましたが、そんな感じで第1回をはじめていこうと思います。
アメリカの国旗がコラージュされた、2001年リリースのこのアルバム『Standards』。トータスは、シカゴ出身のスーパー・インストゥルメンタル・バンドです。クラウト・ロック、ジャズ、エレクトロニカ、ミニマル・ミュージックなどさまざまな音楽を取り入れたサウンドで魅了する5人組。既に存在する音楽がトータスのもとに集結することで、新しい音楽が編まれていきます。
僕がこのアルバムを好きな理由は、新鋭な音を果敢に取り込む姿勢です。さらにメンバーの仲間意識や人生がそのまま音楽になっているところ。レコーディング・エンジニアでもあるドラマーのジョン・マッケンタイアは「Bastro」というバンドを経験しているハードコア出身。ジョン・ハーンドンは「A Grape Dope」という名義でアブストラクトなヒップホップをつくっていたり、ジェフ・パーカーはコンテンポラリー・ジャズのシーンでも大活躍している。とにかく音楽の全ジャンルを網羅しているグループ。シカゴを中心にして音楽ジャンル関係無しに、自分たちの好きな音楽を演奏している。1990年結成で、もう30年のバンドとしてのキャリアがある。音楽の形を変えながら現在も活躍を見せていて、尊敬しています。
音楽には言葉の語法のようにたくさんの手法が存在します。もちろん音符が集まった楽譜も大切ですし、音を実際に記述しなくても気心しれた仲間だったら、顔を合わせて楽器に触るだけで何かが通じ合ったりして、音楽がつくられます。さまざまなジャンルのメンバーが集まれば、自分が主としているフィールドでは出せないようなアイデアや意見も活かすことができるでしょう。それを受け入れる仲間がいてこそ、グループとしての音楽が作曲されていきます。
2019年の夏に、ニューヨーク・ブルックリンの公園でフリーライブがあるというので生で観に行きました。公園の外まで並ぶ行列には往年のトータスファンと見られるおじさんから、ブルックリンのキッズまで、老若男女が胸に期待を寄せながらライブを楽しみにしていました。このときのトータスの演奏は、信頼したメンバーと共に余裕すら感じさせる素晴らしいパフォーマンスでした。演奏するトータスとそれを楽しむオーディエンス、座席で真剣に聴く人から芝生に転がりながらリラックスして楽しむ姿まで、そのすべての関係が混ざり合って、コンサートの空間が「音楽の場所」として感じ取れました。
この『Standards』と一緒に『TNT』というアルバムもセットで聴いてみてください。